Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。 コメント欄はどなたも利用OKですが、リトリートに入っている時は回答致しません。

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」8‐2(279/430)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu>

2 跋提迦尊者(Bhaddiya Thera)

 跋提迦は、カピラバットゥの婆羅門の家の子であって、我々の菩薩が生まれた時、跋提迦の父親が、菩薩の為に面相を占った八人の婆羅門の内の一人であった。

当時、彼の父親はすでに老いていたので、出家して菩薩が成道するのを待つことが出来なかった。

阿私陀仙人(Asita Kāladevila)が、シッダッタ太子は成仏するであろうと宣言した時、跋提迦と憍陳如を主とする四人の婆羅門が出家して、シッダッタ太子を待つこととなった。太子がウルベッラで六年の苦行を実践した時、跋提迦もまた太子の傍にいた。

その後、太子が普通の食事をすることを見て、太子に失望した為に、跋提迦は、その他の法友と一緒に、太子の傍を離れて、仙人堕処に行ったのである。

仏陀は成道後、仙人堕処において、彼らの為に《転法輪経》を開示した。跋提迦は、下弦の月の最初の日、すなわち、《転法輪経》の一日おいて、ソータパナ果を証悟して、人の社会において、二番目のソータパナになったのである。彼は《転法輪経》を聞いた五日後、《無我相經》を聞いた後に、その他の四人の比丘と共に、阿羅漢果を証得した。

3 衛跋尊者(Vappa Thera)

衛跋の過去世は、勝蓮華仏の時代にはすでに、仏陀の最初の弟子の一人になるという発願をしていた。

この目標を達成するために、彼は波羅蜜を積んだ、たとえば、布施、持戒、止観と観禅の修行などである。

彼はかつて16回、国王になったが、名前をマハードゥンドゥビ(MahāDundubhi)と言った。

彼の最後の一生において、彼は五比丘の内の一人であった。

彼の父親は、ワーセタ(Vāsetha)と言い、カプラバットゥの婆羅門であった。

阿私陀仙人がシッダッタ太子が成道するであろうと宣言した時、衛跋と憍陳如を主とする四人の婆羅門は共に出家した。太子の六年の苦行時、衛跋もまた傍らにいて侍従した。

その後、太子が苦行を放棄したため、失望して、太子の傍を離れて、仙人堕処に行った。

仏陀は成道の後、彼らのために《転法輪経》を開示したが、開示後の二日目に衛跋はソータパナ果を証得した。

五日目、衛跋とその他の法友は、《無我相經》を聞いた後に、阿羅漢果証したのである。

 4 摩訶那摩尊者(Mahānāma Thera)

摩訶那摩尊者もまた、五比丘の内の一人である。

彼は《転法輪経》を聞いた後の三日後、ソータパナ果を証悟し、五日後に《無我相經》を聞いて、阿羅漢果を証悟した。

ある時、彼は馬奇迦山達(Māchikāsaṇḍa)に来た。

彼が托鉢しているのを、吉達居士が見かけて、彼の威儀と振る舞いに歓喜して、彼を己の家に招いて、飲食を供養すると同時に、法話をしてくれる様に頼んだ。

吉達居士は、摩訶那摩尊者が開示した法に対して、非常に喜悦し、己自身の一座の優雅な林園ーー安般達迦林(Ambāṭakavana)を、摩訶那摩尊者にお布施し、彼から、この林園をサンガに贈る様に頼み、また、吉達居士は、そこに大寺院を一座建立した。

その後、吉達居士は摩訶那摩尊者の《六処細説》(Saḷāyatana-vibhatti)ーー内外六処を詳細に解説したものーーという開示を聞いた後、アナーガミ果(不還:二度と欲界に生まれることのない聖者)を証得した。

5 阿説示尊者(Assaji Thera)

阿説示尊者は五比丘の中では、一番若い比丘である。

仏陀が《転法輪経》を開示した時、彼は五比丘の中では、最後に法眼者を証得した(開示の後の四日目)。

摩訶那摩と阿説示がいまだソータパナ果を証得していないその期間、仏陀は彼らに修行の仕方を教えなければならなかったが、その他の3人の比丘が外出して托鉢し、6人の食事を整えた。

阿説示そじは《無我相經》を聞いた後に、阿羅漢果を証得した。

その後になって、阿説示の一席の話が、シャーリプトラとモッガラーナを開悟に導いたのである;

それは、ある日、阿説示尊者が王舎城で托鉢していた時、四方八方、不死の法を探していたシャーリプトラが彼を見て、彼の威儀と振る舞いに非常な歓喜を感じ、彼について歩き、彼が托鉢を終えるのを待って、シャーリプトラは、阿説示尊者に彼の指導者は誰か、またその教法は何に準じているのかを訊ねた。

阿説示尊者はその時、返事をしたくなかった、というのも、彼は己自身が出家したばかりであったが故に。

しかし、シャーリプトラは、彼の理解に基づいて、彼の知っている事柄だけでも、説明して欲しいと頼んだ。

阿説示尊者の偈頌は、これより先広く知られる様になったが、それは、仏陀の教法の主旨であると認められたのである。

彼は以下の様に述べた:

Ye dhammā hetuppabnavā

Tesaṁ hetuṁ Tathāgato āha、

Tesañca yo nirodho、

Evaṁvādī Mahāsamaṇo.’  

諸法従因生、

如来説其因;

彼亦従因滅、

此大沙門説。

その意味はすなわち:

如来は苦諦法及びその因(集諦)を教導するが、また、二者(苦諦と集諦)の無余寂滅と寂滅に到る道を教える。

仏陀大沙門は、これらの法を教導するのである」

シャーリプトラは聞くや否や理解して、ソータパナ果を証悟した。

その後、急いで、己自身がすでに真理を見つけることができた喜びをモッガラーナに伝えた。

シャーリプトラ尊者は、阿説示尊者を非常に尊敬した。

聞く所によると、最初に出会ったあの日以来、彼が阿説示尊者がどこに住んでいるのかを耳にすれば、彼はその方向に向かって手を合わせ、横になって眠る時も、頭をその方向に向けた。

これはまさに聖者恩義の美徳である。

この比丘は、阿羅漢果を証得して、また四無礙解智も成就したことから、彼らは必ずや、過去において、過去仏の教化の時代に充分な波羅蜜を積んだであろうことが分かる。

もし、あなたが阿羅漢果を証得したいのであれば、四聖諦を徹底的に悟る為に、精勤なる修行を成し遂げた彼らに学ばなければならない。

願大家尽早徹悟四聖諦!

(みなさんが一日も早く、四聖諦を徹底的に悟ることを祈願して!)

(9-1につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等ほぼ原文ママ。★誤字脱字を発見された方は<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。http://bodaijubunko.sakura.ne.jp/index.html

<中国語→日本語 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>

 

 

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」8-1(276/430)

  <Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu>

Ⅴ 五比丘(Pañcavaggiyā)

ここにおいて、みなさんに《転法輪経》と《無我相經》の中において言及された所の五比丘を紹介したいと思う。

彼らは、かつて、過去生において波羅蜜を累積した。

まず私は、憍陳如尊者の波羅蜜について述べたいと思う。

1、憍陳如尊者(Aññāsi Koṇḍañña Thera)

 勝蓮華仏(Buddha Padumuttara)の時代、彼は一人の在家居士であったが、彼は、仏陀が、一人の比丘に対して、戒臘が最も高い長老であると、宣言したのを見て、彼は己自身もまた、未来仏の教化の時代において、同様の栄誉を得たいと思った。

この願望を達成するために、彼は多くの誠実な善業を重ねたが、その中の一つは、仏陀の舎利を供養し、奉じるために、一座の金色の房舎を建てたことであり;

また彼は、10万年の内に、機会あるごとに、止禅と観禅の修行をした。

《比喩經》(Apadāna)に基づくと、彼は勝蓮仏が成仏(=仏陀になる事)した後、一番最初に仏陀に食べ物を供養した人物である。

彼は最後の一生において、カピラバットゥ付近のドーナバテゥで生まれた。

非常に裕福な婆羅門の子として生まれた。

彼は、ゴータマ仏より早く生まれ、人々は彼の族姓ーー憍陳如という名で呼んだ。

彼は三部のウェーダに通じ、特に面相学に精通していた。

我々の菩薩がシッダタとして出生した時、彼は、太子の相を見るために宮殿に招かれた、八人の婆羅門の内の一人であった。

彼はウェーダの中において、その方面では、若年の初心者であったが、しかし、彼は、唯一ただ一人、太子が仏陀になることの出来る婆羅門であると、宣言したのである。

彼は太子の面相学の占いを終えた後、彼は四人の友人ーー跋提迦、衛跋、摩訶那摩、阿説示と共ーー出家したのである。

それは太子が出家し、成道し、するのを待って、親しくし、法を学び、証悟するためであった。

彼らは「五比丘」(Pañcavaggiyā)と呼ばれた。

菩薩シッダッタ太子が出家して間もなく、ウレベラーで苦行を行している時、その難度は、それまで誰も到達したことのにものであり、その時間は六年間の長きであった。

ある日、太子は、めまいで倒れてしまったが、一人の天神が彼の父親である浄飯王(King Suddhodana)に、太子はすでに死んでしまった、と伝えた。

しかしながら、浄飯王は、阿私陀仙人の予言を信じていたために、天神の報告を信じることはなかった。

太子の母親は、兜率天に天子に生まれていたが、この時、太子の所へ行って励ました。

後に、太子は、極端な苦行は愚かな行為であることに気が付いて、それを放棄することにして、その後、通常の食事をする様になった。五比丘は、太子の様子に非常に失望し、彼から離れて、仙人墜処(Isipatana)に去った。

証悟の後、仏陀は、仙人墜処へ行って、五比丘に、《転法輪経》を開示をした。

この經を聞き終わった時、憍陳如と一億八千万人の梵天神はみな、初果ソータパナを証悟した。

彼は、一番最初に仏法ーー四聖諦ーーを証悟した人である為、故に、仏陀は彼を讃嘆して言った:

「憍陳如はすでに理解した、憍陳如はすでに理解した。」

その後、憍陳如は「理解した憍陳如」(Aññāsi Koṇḍāñña)と呼ばれる様になった。彼は最初に、比丘戒を受けた人間でもある。

受戒の方式は、仏陀によって、以下の様に呼びかけられた:

「善来、比丘、法はすでに善く説かれた、苦から離れるために、梵行を堅持せよ。」

五日の後、彼は《無我相經》を聞いた後、阿羅漢果を証悟したのである。

後に、祇園精舎(Jetavana)において、仏陀は、比丘たちの間において、彼が最初に法を見た第一の大弟子である、と宣言した;

彼もまた年長(rattaññuū)第一の大弟子とも呼ばれた。

サンガの中において、憍陳如は、仏陀が転法輪をする時に、付き従っている二人の上席弟子(シャーリプトラとモッガラーナ)の後ろに座った。

彼らは、仏陀に礼拝した後、憍陳如尊者にも礼拝した。

この様であったんので、彼は仏陀の傍にいるのは、己自身にも、他人にもよくないと思った。

また彼は、彼の外甥が、富楼那弥多羅尼子(Puṇṇa-Mantāniputta)が、仏教の中において出家して、将来、説法第一の大弟子になる事に気が付いた。彼は外甥に会いに行き、彼を剃髪得度した後、己自らら、仏陀に会いに行った。憍陳如本人は、仏陀の許可を得た後、六牙森林(Chaddanta Forest)のマンダーキニー(Msndākinī)の岸辺で、12年間住んだのである。

我々の菩薩が生まれた時、憍陳如は、すでに35歳であった;

菩薩が成道するのを待って、彼は70歳になった;

その後に森林に12年間住んだ時、森林の大象が、順番に彼に食べ物を供養し、かつ世話を焼いた。

12年後、あなた彼は戻ってきて、仏陀に礼拝した後、仏陀に別れを告げて、般涅槃の準備に入ったが、その時彼はすでに82歳であった。

仏陀に別れを告げた後、彼は六牙森林に戻り、そこで般涅槃(最後の寂滅)した。

聞くところによると、ヒマラヤ山のすべての衆生がみな、このことで涙を流したという。彼の火葬は、ナーガダッタ天神が率いる、8000頭の大象によって、厳かに行われた。最もレベルの低い天神から、最高のレベルの梵天神まで、すべての神が、この葬儀に参加し、一人ひとりの神はそれぞれ、檀香(=白檀)の枝を捧げた。

アヌルッダ尊者を先頭とする500人の比丘がその場にいた。

火葬の後、舎利は、竹林精舎(Veḷuvana)に届けられて、仏陀に渡された。

仏陀は自ら、自らその捨離を、地面から湧出した銀の塔の中に収めた。

大論師覚音尊者(Venarable Buddhagosa)は、あの銀塔は、彼の時代にまだ存在していた、と証言している。

《長老偈》の中において、憍陳如の述べた偈が幾首か、残っている(+sがそれは)同修者に梵行を堅持する様に励ますものであって、というのも、一切の有為法はみな、無常・苦・無我であるが故に(+憍陳如はその様に偈を残したのである。)

ここでいう、梵行(brahmacariya)とは「教梵行」(sāsana-brahmacariya)と「道梵行」(magga-brahmacariya)がある。

「教梵行」とは、すなわち、戒・定・慧の三学である。

「道梵行」とは、すなわち、四種類の聖道である。

三学は禅修行者が各レベルの聖道を証得する為の支えとなる要素である。

ある時、憍陳如尊者は、帝釈天王(Sakka)の要求に従って、法話をした。

帝釈天王は、聞法の後、己自身が非常に歓喜している事を表現した、というのも、その法話は、まるで仏陀自身が、述べたかの様に殊勝であったが故に。

ヴァンギーサ尊者(Venerable Vaṅgīsa)は、一度、仏陀の面前で、憍陳如尊者の徳行を、偈の形式でもって、讃嘆したことがある。

彼は言う:

仏陀の後に続いて開悟した

精進の憍陳如尊者は、

安楽の住処を得た者である、

常に、閑静な処に、処する者である。

導師の教法を修行する者は、

証悟を体験することができる、

いつもつねに勧学であった彼は、

完全無余に証得した。

三明を具備する大威徳者は、

他人の心を了知することに精通する、

憍陳如は仏陀の真の子であり、

導師の足下において敬虔に礼拝する。

(8-2につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等ほぼ原文ママ。★誤字脱字を発見された方は<菩提樹文庫>まで。http://bodaijubunko.sakura.ne.jp/index.html

<中国語→日本語 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>

 

 

 

 

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」7-7(272/430)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu>

「沙門ゴータマの弟子は、どの様にして、彼の教えを履行し、彼の勧告に従い、導師の教法の中で懐疑を超越し、困惑を避け離れ、堅信を獲得し、他人に依存しないでいられるのか?」

「ここにおいて、火吠舎よ。

如何なる種類の色においても、過去のであろうとも、未来または現在のもの、内在、外在、粗い、微細、劣等、殊勝、遠い、近いにかかわらず

ーー私の弟子は、みな、正智でもって、以下の様に如実に照見する:

『これは私のではない、これは私ではない、これは私の私ではない。』

如何なる種類の受においても・・・

如何なる種類の想においても・・・

如何なる種類の行においても・・・

如何なる種類の識においても・・・

過去のであろうとも、未来または現在のもの、内在、外在、粗い、微細、劣等、殊勝、遠い、近いにかかわらず

ーー私の弟子は、みな、正智でもって、以下の様に如実に照見する:

『これは私のではない、これは私ではない、これは私の私ではない。』

これが、私の弟子が、私の教えを履行し、私の勧告に従い、私の教法の中で懐疑を超越し、困惑を避け離れ、堅信を獲得し、他人に依存しないでいられる方法である。」

 「大師ゴータマ、比丘は如何にして諸々の漏が已に尽きた、梵行は已に立った、為すべきことは成し終えて、真正なる目標に到達し、存在の足かせを破壊し、完全なる智でもって徹底的に解脱した阿羅漢となり得るのか?」

「ここにおいて、火吠舎よ。

何なる種類の色においても、過去のであろうとも、未来または現在のもの、内在、外在、粗い、微細、劣等、殊勝、遠い、近いにかかわらず

ーー比丘は、みな、正智でもって、以下の様に如実に照見する:

『これは私のではない、これは私ではない、これは私の私ではない。』

如何なる種類の受においても・・・

如何なる種類の想においても・・・

如何なる種類の行においても・・・

如何なる種類の識においても・・・

過去のであろうとも、未来または現在のもの、内在、外在、粗い、微細、劣等、殊勝、遠い、近いにかかわらず

ーー比丘は、みな、正智でもって、以下の様に如実に照見する:

『これは私のではない、これは私ではない、これは私の私ではない。』

これが、比丘が、諸々の漏が已に尽きた、梵行が已に立った、為すべきことは成し終えた、真正なる目標に到達し、存在の足かせを破壊し、完全なる智でもって徹底的に解脱した阿羅漢となり得る方法である。」

 仏陀のこの二つの回答から以下の事が知れる、阿羅漢になるためには、11種類の五蘊観照しなければならないだけでなく、ソータパナになるためにもまた、これを観照しなければならない。

五比丘は、《転法輪経》を聞いた時とその後において、11種類の五蘊を、無常・苦・無我として観照して、結果、ソータパナを誦t下さい。した。

彼らが《無我相經》を聞いた時、再び、11種類の五蘊を無常・苦・無我として観照して、結果、阿羅漢果を証得した。

もし、人が聖者になりたいと思うならば、彼らをば、学習の模範としなければならない。

しかしながら、我々は、《無我相經》の中において、五比丘が縁起法を修行した事に言及していないなどと論争する必要はない。

実際、ソータパナを証悟した後の五日間の間に、彼らは、何度も繰り返し縁起法を修行し、かつ、苦諦法と集諦法を無常・苦・無我として観照していたのである。

故に、彼らは阿羅漢果を証悟する前に、すでに徹底的に縁起法を明瞭に理解していたのである。

もし、いまだ、観智でもって直接的に縁起法を了知していないのであれば、疑惑(vicikicchā)を超えることはできない。

そうであるならば、ソータパナ果を証悟することはできないし、尚の事、阿羅漢果は無理なことである。

以下の如くの、《因縁相応・・縁經》(Nidāna Saṁyutta、Paccaya Sutta)の中の開示を聞いて欲しい:

「比丘たちよ。

縁起とは何であるか?

生を縁として、老死(が生起する)。

如来が世に出るか出ないかに関わらず、この道理はすでに安立している、これは法住性(dhammaṭṭhitātā)であり、法決定性(dhammaniyāmatā)であり、縁起性(idapaccyatā)である。

如来は、この法を証悟し、現のこの法を観ずるものである。

証悟し、この法を現観した後、(如来は)宣言し、教示し、告知し、設立し、開演し、解説し、この法を明らかにして言う:『見よ!比丘たちよ。

生を縁にして、老死(が生起する)。』

 

有を縁にして、生(が生起する);

取を縁にして、有(が生起する);

愛を縁にして、取(が生起する);

受を縁にして、愛(が生起する);

触を縁にして、受(が生起する);

六処を縁にして、触(が生起する);

名色を縁にして、六処(が生起する);

識を縁にして、名色(が生起する);

行を縁にして、識(が生起する);

無明を縁にして、行(が生起する)。

 

如来が世に出るか出ないかに関わらず、この道理はすでに安立している、これは法住性(dhammaṭṭhitātā)であり、法決定性(dhammaniyāmatā)であり、縁起性(idapaccyatā)である。

如来は、この法を証悟し、現のこの法を観ずるものである。

証悟し、この法を現観した後、(如来は)宣言し、教示し、告知し、設立し、開演し、解説し、この法を明らかにして言う:『見よ!比丘たちよ。

無明を縁にして、行(が生起する)。』

比丘たちよ。

これは真如性であり、不異如性であり、真実不異性であり、縁起性である。

比丘たちよ。

これを縁起と言う。

比丘たちよ。

縁起法とは何であるか?

比丘たちよ。

老死は無常であり、有為であり、縁生であり、尽法であり、衰滅法であり、離貪法であり、滅尽法である;

比丘たちよ。

生は無常であり、有為であり、縁生であり、尽法であり、衰滅法であり、離貪法であり、滅尽法である;

比丘たちよ。

有は無常であり、有為であり、縁生であり、尽法であり、衰滅法であり、離貪法であり、滅尽法である;

比丘たちよ。

取・・・愛・・・受・・・触・・・六処・・・名色・・・識・・・行・・・

比丘たちよ。

無明は無常であり、有為であり、縁生であり、尽法であり、衰滅法であり、離貪法であり、滅尽法である。

比丘たちよ。

これらは縁起法と言う。

比丘たちよ。

聖弟子が正智でもて明晰に、如実にこの縁起及びこれらの縁起法を照見する時、彼は(この様に)過去を遡って(+この様に考える)ことはできない:

『過去において私は存在したであろうか?

過去の私は何であったでろうか?

過去の私はどの様であったであろうか?

過去の私は、元々、何の後で、何になったのであろうか?』

また彼は以下の事を考える事もできない:

『私は未来において存在するであろうか?

私は未来において不存在であろか?

未来において、私は何であろうか?

未来において、私はどうなるあろうか?

未来において、何の後に、何になるであろうか?』

彼は現在に対して、以下の様に内的に惑うこともできない:

『私は存在するか?

私は存在しないか?

私は何であるか?

私はどの様であるか?

(私という)この有情はどこから来たのか?

どこへ去るのか?』

なぜ(これらが不可能なの)であるか?

比丘たちよ。

というのも、聖弟子はすでに、正智でもって明晰に、如実に、縁起と縁起法を観照したが故に。

 もし、縁起を了知しないのであれば、真正なる沙門または阿羅漢になることはできない。

「沙門」(samaṇa)の意味はすなわち、煩悩を止息した聖者である。

「阿羅漢」(brahmaṇa)の意味は二種類ある、すなわち、生婆羅門(jāti-brāhumaṇaママ)と、清浄婆羅門(visuddhi-brāhumaṇa)である。

生婆羅門は、婆羅門の家に生まれたが故に、婆羅門となり;

清浄婆羅門は、煩悩を滅尽し、心において清浄を得て婆羅門になった者である。

阿羅漢を清浄阿羅漢と呼ぶのは、彼らはすでに、阿羅漢道智でもって、煩悩を徹底的に、無余に断じ除いているが故である。

《因縁相応・沙門婆羅門經》(Nidāna Saṁyutta、Samaṇa-Brāhumaṇa Sutta)の中において語られているのは、まさに清浄婆羅門の事である。

その經文は以下の通り:

「比丘たちよ。

 ある種の沙門または婆羅門は、老死、老死の因、老死の滅、老死の滅に到る道を了知しておらず、生・・・有・・・取・・・愛・・・受・・・触・・・六処・・・名色・・・識を了知しておらず、行の因、行の滅、行の滅に到る道を了知していない。

私はかれらを沙門の中の沙門または婆羅門の中の婆羅門とは認めない。

これらの尊者たちは、己自身自ら証悟する所の智慧でもって(縁起を)了知することが出来ないが故に、今生において、沙門の目標または婆羅門の目標を成就できないし、安住することもできない。

しかしながら、比丘たちよ。

ある種の沙門または婆羅門は、老死、老死の因、老死の滅、老死の滅に到る道を了知し、生・・・を了知し、行、行の因、行の滅、行の滅に到る道を了知している。

私は彼らは沙門中の沙門または婆羅門中の婆羅門であると認める。

これらの尊者は、己自身自らの智慧でもって(縁起を)了知し、今生において、沙門の目標または婆羅門の目標を成就し、安住することができる。

上に述べた経文を証拠として、我々は、五比丘は《転法輪経》と《無我相經》を聞いた比丘は、必ずやすでに、正智でもって、如実に、縁起と縁起法を照見している事を知る事ができる。

もし、縁起を了知しておらず、縁起支を無常・苦・無我として観照しないならば、彼らは、ソータパナ果と阿羅漢果を証得できるはずがない。

こうしたことから、11種類の五蘊(苦諦法)と縁起(集諦法)を観照することは、聖果を証得するに欠かす事のできないものである(+ことが分かる。)

これは四聖諦を徹底的に見るための、涅槃を証悟する為の正道である。

禅修行者は常に、完全なる智によって、徹底的解脱して、阿羅漢果を証悟するまで、この事を心に留め、如法に修行しなければならない。

(8-1につづく)

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<中国語→日本語 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>

 

 

 

 

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」7‐6(268/430)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu>

仏陀がこの様な比喩を述べる含意は何であろうか?

識(viññāṇa)の特徴は、目標(所縁)を認識する事である。

もし、識を、人を騙す、人をして邪見を起させるという観点から見ると、識は、魔術と同じである。

たとえば、それは人々をして、以下の様な間違った、錯覚した印象を齎す;

行ったり来たり、立ったり座ったりしているあの人が、ずっと同様の身・心を擁しているのだ、という錯覚である。

しかしながら、実際には、それらの行動の内に、身・心は刹那刹那に変化しており、同様ではありえない。

(+この人がものを)見る時は見る時の身・心、聞く時は聞く時の身・心、思考する時は思考する時の身・心であって、それぞれ異なっているのである。

これらの心識の生起は、意志によって、主宰されるものではない。

私は、「私はみたい、私は聞きたい」等々とは、決定することはできないのである。

というのも、識は過去の因と縁及び現在の因と縁によって生起するが故に。

たとえば、色彩が眼門(眼浄色)と意門(有分心)を打つとき、眼識は、眼門心路過程の中において生起して、見るという作用を執行する;

眼識が生起するのか過去因とは、無明、愛、取、行及び業であり;

現在因は色彩、眼根(眼浄色)、接触、光明と作意である。

これらは、ただ因と縁の和合によって生じた現象であり、一個の「我、私」が見るという過程を操縦している訳ではない。

我々が識が生じないようにと決意したとして、そして、わざと眼根、耳根、鼻根、舌根、身根を破壊したとしても、心中にはやはり目標が出現するのであって、それゆえに、意識は生起するのである。

この様に、その他の種類の取蘊と同じ様に、識取蘊もまた因と縁によって生じるのであって、恒常なる自我(=我、私)という存在はないのである。

私は例を挙げて説明する:

もし、ある人間が、己自身の親愛なる子供を亡くしたとしよう。

過度の思念によって、彼は以下の様に考える:

「おお、私の可哀そうな子供はすでに亡くなった。

なんと苦痛であることよ!

私の心は、日夜、愁、悲、憂、悩が満ちていて、この様に何か月を過ぎた。

私は、もう二度と楽しい気持ちになれないであろう。」

また別の人間は、物理学に関して豊かな学識をもっていて、かつ、己自身の知識を誇りに思っていた。

彼は、一般の人々と物理学について論議した後、この様に言う:

「おお、私の心の力はどれほど強いことか!

私の心は、他の人の心の様に、無能ではない。

私は他人より更に豊富な知識と理解をもっている。」

なぜ、人々はこの様に考えるのであろうか?

というのも、彼らは、心は恒常であると、信じていて、心は、過去と現在の因と縁によって生・滅する事を知らないからである。

いま、もし、人が、あの悲惨な人に、あなたは百億円の宝くじに当たったと告げたならば、彼は已然としてこの様に思うであろうか:

「私の心は、日夜、愁、悲、憂、悩が満ちていて・・・。私は、もう二度と楽しい気持ちになれないであろう。」

私はあり得ないと思う、というのも、悲哀と楽しさは、ともに恒常ではなく、ただ因と縁によって生・滅しているに過ぎないが故に。

また、上に述べたあの、学識でもって名誉としている人と、博学な哲学を擁する智者と哲学の話をする時、彼はなおも:

「おお、私の心の力はどれほど強いことか!

私の心は、他の人の心の様に、無能ではない。

私は他人より更に豊富な知識と理解をもっている。」

と言うであろうか?

私はあり得ないと思う、というのも、因と縁の条件が変化したならば、心識もまた変化するが故に。

仏陀は五種類の比喩でもって、五蘊についてそれぞれ解説し、系統的に、五取蘊の中の、一つひとつの取蘊は空虚であり、実体がなく、本来の自己というものはない、ということを示した。

衆生は純粋に、ただ五取蘊によって構成されていて、別のものではない以上、衆生の中において、実質(=実体)や、恒常の自我(=私、我)は存在しようがないではないか?

以上が、仏陀が《泡沫比喩經》の中において、開示した所の、11種類の五蘊を無常・苦・無我として観照する方法である。

更に一歩進んで、上に述べた解説を確認する為に、私は《中部、小薩遮迦經》(Majjhima Nikāya、Cūḷasaccaka Sutta)の中において、小薩遮迦が提出した問題と、仏陀の回答を引用したいと思う:

(7-7につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等ほぼ原文ママ。★誤字脱字を発見された方は<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。http://bodaijubunko.sakura.ne.jp/index.html

<中国語→日本語 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>

 

 

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」7-5(267/430)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu>

仏陀は、この様な比喩でもって何を説明しようとしているのであろうか?

ちょうど、芭蕉樹がの幹が、多くの層の鞘の合成体であて、それぞれの層には、それぞれの特徴がある様に;

行蘊(saṅkharakkhandha)もまた、多くの心所の合成体であり、一つひとつの心所は、それぞれ、己自身の特徴と作用を擁している。

心所(ceasika)は52種類(注8)あり、それらは、心(citta)と共に同時に生起し、同時に壊滅する。同じ依処に依存し、同じ目標を縁に取り、各自の特有の作用を執行する事を通して、心が前面的に目標を認知する事を支援する。

それらの中において、受は受取蘊であり、想は想取蘊、その他の50種類の心所は行取蘊である。

ある種の心所は、一個の心識刹那の中で生起するが、しかし、すべての心所がそうであるとは限らない。

たとえば、安般初禅でいえば、安般初禅の中の禅心は、色界善心であり、一つひとつの心識刹那の中には、34個の名法が存在している。

その中の受は楽受であって、受蘊であり;

想は安般初禅に対する印象であって、想蘊であり;

識は、安般禅相への認知であって、識蘊であり;

その他の31個の心所は、行蘊である。

行蘊の中の思は善、不善名法が果報を生じる時の強弱を決定する場合の最も顕著な要素である、その意味はすなわち、もし、業を造(ナ)す時に、その思が強ければ強いほど、結成する果報もまた、益々強くなる、という事である。

また、行蘊の中においては、一般的な心所もまた含まれる、たとえば、一境性と作意等である;

善心所、たとえば、信、念と無貪など;

不善心所、たとえば愚痴(=愚かで無知な事)、貪欲、瞋恨、邪見などである。

禅心は善心でるため、その中には不善心所は存在しない。

上に述べたこれらの心所は、みな、同一の心識刹那の中において生起し、その後、跡形もなく消失する、故に、それらは無常である。

それらは過去の因・縁と、現在の縁に依存してせいきするのであって、っ決して理由も無く生起するものではない。故に、それらは完全に恒常なる自我(=私、我)または主宰者の本質を擁していないのである。

これは、仏陀の行取蘊に対する解説である。

仏陀は続けて開示する。

「比丘たちよ。

たとえば、一人の魔術師がまたは魔術師の生徒が、十字路に立って、馬術を披露する時、一人の視力のよい人がそれを視察し、それに対して深く思慮し、それを子細に研究するあんらば、その魔術は、この人にとっては空の、虚の、実質のないものとなる、というのも、魔術の中には、実質など存在していないが故に。

同様に、比丘たちよ。

どの様な識であろうとも;

過去の、未来のまたは現在のであっても、内在のものまたは外在のもの、粗いもの、微細なもの、劣等なもの、殊勝なもの、遠いもの、近いものであっても、比丘はそれを視察し、それを深く思惟し、それを子細に研究する。

その様に比丘にとって、識は、空であり、虚であり、実質のないものである、というのも、識の中において実質的な存在はないが故に。

(注8)「52心所」は巻末の「付録」参照の事。

(7-6につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等ほぼ原文ママ。★誤字脱字を発見された方は<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。http://bodaijubunko.sakura.ne.jp/index.html

<中国語→日本語 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>

 

 

 

 

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」7-4(265/430)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu>

 ある時、世尊はガンジス河の阿約迦(Ayojjhā)に留まった。

世尊が初めて阿約迦に来た時、そこに住む居士が、世尊とサンガに僧院を一座供養した。

世尊がそこに住んでいる時、ある日の夕方、彼は香舎から出て、ガンジス河の川岸に座った。

その時彼は、大きな一塊の泡が、河の流れに沿って、流れて来たのを見て、心の中で思った:

「私は五蘊に関する開示を述べようと思う。」

そして、彼の周りに座っていた比丘たちに言った:

「比丘たちよ。

もし、ガンジス河に、大きな泡の塊が流れてきたとして、視力のよい人がそれを視察し、それに関して深く思慮し、それを子細に研究するならば、その泡の塊は、この人にとっては、空の、虚の、実体のないものと言える、というのも、泡の塊のどこに、実体が存在しているといえるのだろうか?

同様に、比丘たちよ。

どの種類の色であろうとも:過去の、現在の、未来の、内在の、外在の、粗いのまたは微細な、劣等なまたは殊勝な、遠いものまたは近いもの、比丘はそれを視察して、それに対して深く思慮して、それを子細に研究すれば、色は比丘にとって、空の、虚の、実体のないものになる。というのも、色の中には実体といえるものがどこにもないのであるが故に。

仏陀がこの様に比喩を述べるのはどの様な意図があるのであろうか?

我々は以下の幾つかの要点を考察しなければならない:

1、まず、彼は泡の空虚、実質がない、という本質でもって、色法(rūpa物質)の空洞であること、実体のない本質を比喩しようとした。

もし、あなたが四界分別観の修習に成功しているならば、我々が執着する所のこの身体は、実際には、実体と実質がないことが、己自身自ら見ることができる。

身体は、ただ極微細な小さい粒子によって集団を構成しているにすぎない;

この種の微粒子を色聚(rūpakalāpa)と呼ぶ。

そして、色聚はまた、刹那生・滅する所の究極色法によって構成されている。

ちょうど我々が泡を掴もうとした時、泡は即刻滅しさる様に、同様に、我々の身体の中の色聚もまた、生起するや否や、即刻解体し、消失する。

新しく生起した色聚は、古いものより取って代わり、その後に同じく、即刻、消えてしまう。

ちょうど、我々が己自身の願望に沿って、泡を形作ることができない様に、同様に、我々の身体を構成する所の色法もまた、我々の意志によってコントロールすることはできないものであり、恒常なる実体または恒常なる自我(=我、私)というものは存在しない。

実際の所、色は無常・苦・無我なのである。

2、仏陀は泡が流れに沿って流れ去ったのを見た時、彼は、泡というものは、いつでも破壊されるもので、またいつ破壊されるかは、予想がつかないものであると知った。

同様に、深く思慮した後、我々は、身体はある日、最終的に瓦解するものであり、粉砕されし、また、我々はそれがいつ起こるかをコントロールすることができないものである(+ことが分かる)。

まさに、河の流れに沿って流れゆく泡の様に、我々は己自身の業に従って、生死輪廻の中で漂っているのであり、いつ生命が終わるのかを知らないでいる。

この事に対して、我々は主人となり得ないのに、我々はどうして、色を常であるとか、我でるとか、認定することができるのであろうか?

色取蘊は無因で、自然に生じる、ということはない;

それらが生起する因と縁は以下の通りである;

1、眼浄色、耳浄色、命根色などの業生色は、五種類の過去因(無明、愛、取、行及び業)に依存して生起する。

2、心生色は、受・想・行・識という、この四種類の名蘊に依存して生起する;

そして、四種類の名蘊はまた、心所依処に依存して生起する。

3、時節生色は、火界(tejo)によって生じるが、火界は色蘊の中の一項である。

4、食生色は、食素によって生じるが、食素もまた色蘊の中の一項である。

仏陀は色取蘊に関して、この様に説明した。

仏陀は引き続き以下の様に解説する。

「比丘たちよ。

もし、雨期の最後の一か月に、大粒の雨滴が直線的に落ちてくるとして、その時、水面では水泡が生起し、また破裂する。

視力のよい人がそれを視察し、それに関して深く思慮し、それを子細に研究するならば、その水泡は、この人にとっては、空の、虚の、実体のないものと言える、というのも、水泡のどこに、実体が存在しているといえるのだろうか?

同様に、比丘たちよ。

どの種類の受であろうとも:過去の、現在の、未来の、内在の、外在の、粗いのまたは微細な、劣等なまたは殊勝な、遠いものまたは近いもの、比丘はそれを視察して、それに対して深く思慮して、それを子細に研究すれば、受は比丘にとって、空の、虚の、実体のないものになる。というのも、受の中には実体といえるものがどこにもないのであるが故に。」

仏陀はこの比喩でもって何を教え様としているのか?

受(vedanā)の特徴は、目標(所縁)の受領と体験である。

受は、楽受、苦受と捨受の三種類の分類することができる。

ちょうど水泡が脆弱で、掌握できない、生じるが否や即刻滅するのと同じ様に、受もまた瞬間できに滅し去るため、その恒常性と安定性を認められることはない。

水泡が水面の上で生じても、久からずして、即刻滅する様に、受もまた同じ道理でもって(+滅し去る、というのも、それは)一弾指の間に、一万億個の受が生・滅し去るが故に。

ちょうど、水泡が因と縁に依存して生起するのと同じ様に、受もまた、過去と現在の因と縁によって生起する。

受が依存する所のの過去の因とは何であるか?

それは無明、愛、取、行及び業である。

受の現在因は何であるか?

それは依処、目標と接触である。

受は、単独では生起することはできず、必ず依処に依存し、目標に接触して相応の名法と同時に生起する必要がある。

その他の名蘊ーー想蘊、行蘊、識蘊ーーもまた、同様の道理で以て、みな単独では生起することができず、必ず過去と現在の因と縁に依存して初めて生起することができる。

これが、仏陀の受取蘊に関する解説である。

仏陀はまた続いて開示する:

「比丘たちよ。

もし、熱季の最後の一か月の正午の時分に、チカチカと揺れ動く蜃気楼が発生したとする。視力のよい人がそれを視察し、それに関して深く思慮し、それを子細に研究するならば、その蜃気楼は、この人にとっては、空の、虚の、実体のないものと言える、というのも、蜃気楼のどこに、実体が存在しているといえるのだろうか?

同様に、比丘たちよ。

どの種類の想であろうとも:過去の、現在の、未来の、内在の、外在の、粗いのまたは微細な、劣等なまたは殊勝な、遠いものまたは近いもの、比丘はそれを視察して、それに対して深く思慮して、それを子細に研究すれば、想は比丘にとって、空の、虚の、実体のないものになる。というのも、想の中には実体といえるものがどこにもないのであるが故に。

仏陀がこの様に比喩を述べるのはどの様な意図があるのであろうか?

想(saññā)の特徴は、標識(=対象にラベリングする事)及び目標(所縁)の認識である。それは次回、同じ目標に出会った時、それを認識できる様にする為である。

想は、蜃気楼と同じである、というのも、それは到達することのできないもの、掌握することができないものであるが故に。

それは一種の心所であり、真正なる実体を持たず、因と縁に依存して、変化するものである。(+それは)一人の人間にとってはこの様に状況であり、別の人間にとってはまた別の状況であったりする。

一切の有為法は、無常・苦・無我及び不浄である;

しかし、凡夫は無明の影響を受けて、見るもの、聞くもの、嗅ぐもの、味わうもの、触るもの、及び知る目標(所縁)を常、楽、我、浄としてラベリングしてしまう。

これを「顛倒想」(saññāvipallāsa、または想顛倒)と呼ぶ。

ちょうど蜃気楼が皆を騙す様に、同様に、想は、人々をして、不浄、苦、無常の物事を、美しいもの、楽しいもの、恒常であると思わしめてしまうのである。

これが仏陀の、想取蘊に関する解説である。

仏陀は引き続き、開示する:

「比丘たちよ。

もし仮に、ある人が、心材を必要として、心材を探し求め、四方に心材を探し求めるとして、その人が鋭利な斧を以て森林に入ったとする。

彼は大きな芭蕉樹を見つけた、それは真っ直ぐで、新緑で、いまだ果蕾は出ていない。

彼は樹幹の根本から、その芭蕉樹を斬り倒し、上部の葉を切り落し、その後に、一層また一層と、樹幹を剥いた。

彼が一回また一回と、樹幹を剥くとき、彼は、柔かい木材さえも見つけることができないし、ましてや心材も見つけることができない。

一人の、視力のよい人がそれを視察し、それに関して深く思慮し、それを子細に研究するならば、その芭蕉樹は、この人にとっては、空の、虚の、実体のないものと言える、というのも、芭蕉樹のどこに、実体が存在しているといえるのだろうか?

同様に、比丘たちよ。

どの種類の行であろうとも:過去の、現在の、未来の、内在の、外在の、粗いのまたは微細な、劣等なまたは殊勝な、遠いものまたは近いもの、比丘はそれを視察して、それに対して深く思慮して、それを子細に研究すれば、行は比丘にとって、空の、虚の、実体のないものになる。というのも、行の中には実体といえるものがどこにもないのであるが故に。」

 (7-5につづく)

   <Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

(+ )(= )訳者。句読点等ほぼ原文ママ。★誤字脱字を発見された方は<菩提樹文庫>までお知らせ下さい。http://bodaijubunko.sakura.ne.jp/index.html

<中国語→日本語 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」7-3(262/430)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu>

《中部・闡陀教誡經》(Majjhima Nikāya、Chunnovāda Sutta)

の註釈の中において、

「これは私のものではない;

これは私ではない;

これは私の私ではない」というのは、三相である、述べている;

故に、もし、あなたが11種類の色法を、無常・苦・無我として観照するのであるならば、まさに

「これは私のものではない;

これは私ではない;

これは私の私ではない」

観照している事になる。

この二種類の「三相」の解釈方法は、みな同じものである。

五比丘が仏陀の開示である《無我相經》を聴聞している時、彼らは、仏陀の教導の通りに修行する事ができ、その場で、過去、未来、現在、内在と外在、粗いと微細、劣等と殊勝、遠いと近いの色法を観照できただけでなく、また、入れ替わりつつ、この11種類の色法を、無常・苦・無我として観照することもできた。

彼らは、仏法を聴聞したその時、徹底的に、観禅の修行ができ、この三相を了知したのである。

同様の方法は、受、想、行、識にも適用することができる、というのも、仏陀は、以下の様に開示しているが故に:

「一切の受について・・・

一切の想について・・・

一切の行について・・・

一切の識について、過去であろうと、未来または現在であろうと、内在、外在、粗い、微細、劣等、殊勝、遠い、近いものであろうと、すべて、智慧でもてそれらを如実に

『これは私のものではない;

これは私ではない;

これは私の私ではない。』

という風に見做さなければならない。」

このことから分かる様に、五比丘は、仏陀の開示を聴聞したその時、その場で、11種類の五取蘊の三相を観照することができたのである。

皆さんに覚えておいて欲しい。

彼らは、過去の10万大劫以来、かつで、何度も、過去の諸仏の教化の時代において、この種の観禅を修行していたのである。これが、彼らが証悟できた一つの要素である。

もう一つの要素は、《転法輪経》を聴聞した後、彼らは11種類の五蘊を、無常・苦・無我として徹底的に了知することができた、ということである。

彼らは、五日間の間に、この三相を繰り返し観照した。

彼らの、阿羅漢果を証悟する観智が熟した時、仏陀は彼らのために《無我相經》を開示した。

その理由は、その時、もし、彼らが、再度、11種類の五蘊を無常・苦・無我として観照するならば、阿羅漢果を証悟することができたからである。

これが、仏陀が、彼らにこの經を開示した理由である。

仏陀は引き続き開示して言う:

「比丘たちよ。

この様な認識を具備した後、善学の聖弟子は、色に対して厭離し、受に対して厭離し、想に対して厭離し、行に対して厭離し、識に対して厭離する。

この様に厭離した後、彼は欲の染から遠く離れる。

欲染から遠く離れた後、彼は解脱を得る。

解脱を得た後、以下の様に智慧が生じる:

『私はすでに解脱を得た。』

彼は理解する:

『生已滅尽、梵行已立、

応作皆辦、不受後有』

(生はすでに滅尽し、梵行はすでに立ち、

なすべきことは無し終えて、後有を受けない)。」

聖弟子は11種類の五蘊に厭離を感じた、というのも、彼は明確に、五蘊の無常・苦・無我の本質を照見したのであるから。

世尊がこの様に開示した時、五比丘は、世尊の話に対して、欣悦と歓喜を感じた。

この經が語り終えられると、五比丘の心は諸漏より解脱し、執着を了無(=終了)させた。

 仏陀の開示を聴聞すると同時に、五比丘はその時、その場で、11種類の五蘊を無常・苦・無我として観照した。

彼らの観智が徐々に熟する時、彼らはサターガミ道智でもって、涅槃を了悟し、貪欲と瞋恨の力は、削がれ弱くなったのである。

その後、彼らは、アナーガミ道智でもって、涅槃を了悟し、徹底的に瞋恨と欲界の貪欲を断じ除いたのである。

最後に彼らは、阿羅漢道智でもって涅槃を了悟し、残りのすべての煩悩を、徹底的に断じ除いたのである。

たとえば、驕慢、愚痴(=愚かで無知な事)、掉挙、昏沈と睡眠などを。

一つひとつの道智は、みな、徹底的に残りの一切の煩悩を断じ除いた。

故に彼らは「諸漏からの解脱、執着の了無」ができたのである。

もし、阿羅漢果を証得したいのであれば、あなたもまたこの様に修行しなければならない。

実際には、どの様に修行するのか?

私は《泡沫比喩經》(Pheṇa-piṇḍūpama Sutta)を用いて、11種類の五取蘊を無常・苦・無我として観照する方法を解説したいと思う。

経文を聞いて頂きたい:

(7-4につづく)

<Mama puññabhāgaṃ sabbasattānaṃ bhājemi>

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<中国語→日本語 翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>