Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

2016-03-25から1日間の記事一覧

ブッダダーサ著「生活の中の縁起」(翻訳文)ー33

上記(No.32での意見)は、邪見の一種である。 識を、恒常的なもの、貯め置かれるもの、主宰的なものとして 認識し、縁生法(縁によって生じる現象)、または縁起の現象 として認めないのは、邪見である。 実際は、識は、ただの縁生の法であり、それには自我…

ブッダダーサ著「生活の中の縁起」(翻訳文)ー32

当時、比丘たちは、ティッサ比丘に、邪見を放棄するように 勧めたが、ティッサ比丘は邪見に固執し、自己の主張を 墨守したため、比丘たちは、仕方なく仏陀に訴えた。 仏陀は、テッィサ比丘を呼んで、彼に訊ねた「あなたは 本当にこういう考え方を持っている…

ブッダダーサ著「生活の中の縁起」(翻訳文)ー31

なぜ縁起を理解する必要があるのか?~~ 二つ目の問題は「なぜ縁起を理解する必要があるのか?」。 仏教の学習と修行をするためには、縁起を理解しなければならない。 現代の人々が、縁起を理解しないがために、縁起は邪見としてとらえ られている。普通の…