Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

2016-08-31から1日間の記事一覧

ブッダダーサ尊者著「無我」(翻訳文)ー71

《バガヴァット・ギーター》の中の「自我」~ インド哲学の中の、この種の「究極的な自我」 の観念は、《バガヴァット・ギーター》という 経典の中に、容易に見つけ出すことができる し、また、最も人々に知れらてもいる。 《バガヴァット・ギーター》の中の…

ブッダダーサ尊者著「無我」(翻訳文)ー70

読者の方々には必ず、以下の事を知っておいて 頂きたい。 仏陀は、いまだ仏に成る前、菩薩であった時、 すでに阿羅邏迦羅の観点を否定していたこと を。 ただし、彼は、この観点について、それが 間違っている、とは言わなかった。 ただ、彼は、それは苦痛を…

ブッダダーサ尊者著「無我」(翻訳文)-69★

私はここで、上述の事柄を論談・研究する 目的は、決して、仏教哲学とその他の哲学の 内、どちらがより良いか、どちらがより 深いかを比較したいが為ではない、という ことを、明言しておく。 というのも、それぞれの哲学には、それが 持つ特殊な面があり、…

ブッダダーサ尊者著「無我」(翻訳文)-68

仏法には残存する「自我」はない~ あなたは、仏教の文献の中に「外道修法最高者 の自我」を見つけることはできないだろう。 というのも、仏陀は、それについて語ったこと がないから。しかし、ある時期に、ある種の愚か な人々が、それを仏陀の教法だと誤解…