Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

2016-09-20から1日間の記事一覧

パオ・セヤドー講述「菩提資糧」(翻訳文)-185

問3-7: ある一人の比丘が、還俗の儀式をした後、 今なお、比丘だと自称している。 禅師にお伺いします。 すでに還俗した比丘に対して、在家居士が供養をした場合、その功徳はどのようなものでしょうか? このような自称比丘が、他人を出家得度させ、または…

是誰庵のひとやすみ~次の翻訳予定

現在翻訳中の <パオ・セヤドー講述「菩提資糧」> は、余すところ 60P ほどになりました。 上記翻訳終了後、引き続き、パオ・セヤドー の著書(「顕正法蔵」)を訳そうと 思っていましたが、先に 「南伝仏教・在家居士・須知(=ハンドブック) その1」を…

パオ・セヤドー講述「菩提資糧」(翻訳文)-184

問3-4: 禅師にお訊ねします。己自身が有分心に落ちた ことを、どのようにして検分しますか? 有分に落ちないようにするには、どうしたらいいですか? 答3-4: 二つの心路過程の間には、多くの有分心が生起しては、滅している。 たとえば、今この現在、あな…

「修心与神通」(翻訳文)~13-5

(6)四加行作意を修する: 「作意」とは、意識的に何か一つの境地を作り出す事である。 第六識がいまだしっかりと形成されていない、または、ある種の境地に到達していない、心の境地が専一でない時、止が得られることはないし、定も得られることがない。 …