Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

2017-02-11から1日間の記事一覧

☆「掌中の葉」(翻訳文)1-13

(一)心の専注とは何か? 非常に多くの修行者は、修習を始める、その最初に、己の心に雑念があることを発見すると、過度に心配し、憂鬱になる。 実際は、修行者が、雑念に追随しないか、または陶酔しない、という態度を取ることができたならば、己自身を必…

☆「掌中の葉」(翻訳文)1-12

◆結論: (一)定が「安定して、かつ活力に満ちている」状態である時、我々は、それを「正定」と呼ぶ。 (二)多くの修行者は、彼らの心を凍結するか、または彼らの修行の目標を凍結して、そのことによって、安定性を得ようとする傾向がある。しかしながら、…

☆「掌中の葉」(翻訳文)1-11

経文の中で言われている「心における一境性への専注」は、実際には、一種の動的な状態を言う。 たとえば:我々が一丁の電燈を見る時、その光は安定しているように見えるため、我々は、それを静止しており、不変な状態にあるのだ、と認定する。 しかしながら…

☆「掌中の葉」(翻訳文)1-10

それならば、定を「(+心が)安定していて、不変である」状態であると定義して、間違ってはいないのではないか? 重要なキーポイントは、それは必ず「善なる」でなければならない、という事である。 上記の事柄は、我々に対して、以下の事を正確に認識する必…

☆「掌中の葉」(翻訳文)1-9

上記(1-8)の偈の中には、三つの要点が含まれていて、 そのうちの二点は、戒の範疇に属するものである: 一、不作諸悪ーー 身業に関して:不殺生、不偸盗、不邪淫; 口業に関して:不妄語、不両舌、不悪口、不綺語; 意業に関して:不貪婪、不瞋恚、不邪見…