Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

2017-04-27から1日間の記事一覧

パオ・セヤドー講述「顕正法眼」(翻訳文)~5-41

理論的な(+ことを理解する)智慧は、パーリ語でpariyatti(教理)といい;修行によって直接、見通す(=透視する)智慧は、パーリ語でpaṭipatti(行道)といい;真理を透視するパーリ語は、paṭivedha(通達)という。 慧は、善根の一つであり、その他の四つ…

パオ・セヤドー講述「顕正法眼」(翻訳文)~5-40

諸法を如実知見する事は、仏教の目標である。 智慧は、必ずや、何が究極法で、何が究極法でないかを、知ることが出来なければならない。 邪見がある時、我々は諸法を、如実知見することができない。 究極的には、人、動物、また家屋は真実(+の存在)ではな…

パオ・セヤドー講述「顕正法眼」(翻訳文)~5-39

8-6-2-5 慧(paññā) アビダンマにおいて、慧(paññā)、智(ñāṇa)と無痴(amoha)という、この三種類は、同義語である。 ある時は、慧は、慧根(paññindriya)と言われる。 慧は、如実に、究極法を知る:心、心所、色法と涅槃を。 ここにおいて、それを根…

☆「掌中の葉」(翻訳文)1-42

大モッガラーナ比丘は、諸々の比丘に告げて言った: 「諸君、私はこの葉毘尼河の川べりで、不動三昧(第四禅)に入った時、群象が河を渡るために流れに入った時に出した声を聴いた。」 比丘たちは、恨みがましく、不満で、憤慨して言った: 「長老大モッガラ…

☆「掌中の葉」(翻訳文)1-41

心が、この種の、微細な体験を処理することに益々上手になれば、中等の精通が得られる。 この時、心が安止定に安住する時間は、徐々に長くなる。 修行者は、徐々に、安止の五種類の基本的な自在を体験するようになる。すなわち、入定自在、住定自在、出定自…