Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。 コメント欄はどなたも利用OKですが、リトリートに入っている時は回答致しません。

2017-04-29から1日間の記事一覧

☆「掌中の葉」(翻訳文)2-3

仏陀は、「定の準備」と、入定自在、住定自在、出定自在などとを、並列して述べている。 このことは、定の修習における準備作業の重要性を、存分に示している、と言える。 第一級の修行者にとって、定の準備(前行)は、最も大きなキーポイントであり、最も…

☆「掌中の葉」(翻訳文)~2-2

《増支部・六法集・第24経》において、仏陀は定の修習について語った時、以下のように述べた: 比丘は以下の様でなければならないーー 定に入る事において、善くて巧みであり、定に住む事において、善くて巧みであり、定から出ることに、善くて巧みであり、…

☆「掌中の葉」(翻訳文)2-1

第二章 定の進展 行道と通達 ここにおいて、初めて(+目標に)専注する事から、何らかのジャーナが生じる近行定の生起まで、その中間における定の修習の過程を「行道」と言う。近行定から安止定まで、その中間における智慧は「通達」と言う。《清浄道論・第…

パオ・セヤドー講述「顕正法眼」(翻訳文)~5-46

ソーナ・コーリヴィーサ長老(Soṇa-Koḷivīsa Thera)は、またの名を、スクマーラ・ソーナ(Sukhumāla-Soṇa)と言い、チャンパー(Campā)の生まれで、父親は牡牛長者(Usabhaseṭṭi)である。 王舎城において、ソーナは、仏陀の説法を聞いて、信心(=確信)…

☆「掌中の葉」(翻訳文)1-44

こういう事から、理論を談じている時、我々は究極的なレベルによって、止禅を論じる事は出来る:が、しかし、実修について語る時は、相対的なレベルで語るのが良い。 というのも、定力の育成は段階的なものであり、純粋の程度は、低いレベルから、徐々に高い…

☆「掌中の葉」(翻訳文)1-43

たとえ話をしよう。 今、私の手元には、一杯の水がある。 相対的なレベルで言うと、私は「私の手元に一杯の水がある」と言える。 しかしながら、究極のレベルで言えば、このコップの中には、ただ純粋に、水だけがあるのではなくて、水の中には、多くのミネラ…

パオ・セヤドー講述「顕正法眼」(翻訳文)~5-45

この種の修行方法は、あなたにとって、困難なことかも知れない。というのも、あなたは、四界分別観を修行したことがないから。 しかし、もしあなたが、それを修行したことがあるのならば、問題はない。 注釈では、あなたは、もう一つ別の修行方法を、実践す…