Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

2017-06-08から1日間の記事一覧

☆「掌中の葉」(翻訳文)2-31

<Idaṃ me puññaṃ nibbānassa paccayo hotu> 浄化の過程 ある種の人々にとって、行道は艱難である。 五蓋等の、敵対する状況の頑強な抵抗の為に、行道は困難になる。《清浄道論・第三章》 人々は、時々、理解できなくなる: ある種の人々にとって、止禅の修…

☆「掌中の葉」(翻訳文)2-30

<Idaṃ me puññaṃ nibbānassa paccayo hotu> 座禅・瞑想(+を意識的に)終わらせる事、すなわち、収功は、気の滞りを治すよい方法である。 この事は、気功の鍛錬を終わらせようとする人が、収功を、必ず行わなければならないのと同じ道理であるが、双方と…

☆「掌中の葉」(翻訳文)2-29

<Idaṃ me puññaṃ nibbānassa paccayo hotu> 方法:心をして、各々の身体の部分について、 一時、(+生じる感覚を)感受せしめる。 ただし、その感受が鮮明であろうが、鮮明でなかろうが、(+心は)そこにとどまってはならず、次から次へと、次の身体部分…