Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

2017-09-29から1日間の記事一覧

「メーチ・ケーウの物語」(翻訳文)5-6

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 1951年1月、アチャン・マハブーワは、一群の頭陀僧を連れて、磐山から遊行しながら下りて来て、卉晒村北部の山の麓にある、緑濃い森林の中に、足を止めた。 各自各々は、頭陀僧の伝統に従って、淡泊な修行生活を…

「メーチ・ケーウの物語」(翻訳文)5-5

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> アチャン・マハブーワは、心内の根本無明の保塁を攻撃し、無明の内にある、司令部を包囲するために、念と慧を運用して、相手を遁走させる事のできる軍隊を、組織した。 彼は念でもって、煩悩からの防衛とし、慧で…

「メーチ・ケーウの物語」(翻訳文)5-4

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 完璧なる心霊の戦士として、アチャン・マハブーワは、心内の煩悩を、不倶戴天の敵と見做して攻撃し、煩悩が徹底的に降伏されるまで、手をゆるめなかった。 長年来、彼の修行は、生死を賭けた戦場と化し、一回毎の…

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」(翻訳文)5-102

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 8-8-6-1 喜と楽 喜(pīti)と楽(sukha)と、それらに相応するジャーナ名法は、同時に生起する。 それが依存するのも又、有分(意門)が依存する所の、心所依処である。 しかし、それらは身浄色に依存して生起す…

「メーチ・ケーウの物語」(翻訳文)5-3

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 真理を追究したいという欲望は、彼女をして、輪廻の中の、最も高等な、最も深いレベルの生命を、観察せしめた。 長期的な観察を通して、彼女は、各種の天界の衆生を見、彼らがお互いに交流する方式、習慣、風俗と…

「メーチ・ケーウの物語」(翻訳文)5‐2

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 彼女は目を閉じると、座っている所の下部、その底が開いたように感じ、己は崖から、または井戸から落ちて行き、一つの空間に、入りこむような気がした。 その過程において、いくつかの瞬間に、異なる映像の断片が…

「メーチ・ケーウの物語」(翻訳文)5-1(155/244)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 第三章 聖道への歩み 有智慧的人看到自身的固執、 (智慧ある人は、己の固執に気が付くと) 認出那是固執; (それは固執であると認める) 看到陰暗、認出陰暗; (心の闇に気が付くと、それは闇であると認める)…

「メーチ・ケーウの物語」(翻訳文)4-61

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 朝の曙光を見ると、彼女はすばやく心身を摂し、寒風の中を、仏殿まで行って、皆に会った。 彼女は話し始めると、目から、涙が零れた。 涙は、一粒一粒、アチャン・マンが最後に示した事績ーー彼の姿、彼の警告、…