Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

2017-10-08から1日間の記事一覧

「身念処」(翻訳文)1-3

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 今日、世界の人口は、どんどん増えている。 そして、人は、前代未聞の裕福な生活をしている。 しかし心内は、却って空虚に感じられる。 その為、徐々に、四聖諦と中道法を学ぶ人が、増えて来ている。 釈迦牟尼仏…

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」(翻訳文)5-104

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 初禅において捨の強化は中: 中にはいくつ、相があるか? 中には三つ相がある: (一)今、彼は平捨(=平等に捨て去る)に清浄心を、傍観している; (二)彼は平捨に、それがすでに、寂静の為に道を切り開いた…

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」(翻訳文)5-103(109/415)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 8-8-7 ジャーナにおける三方面の善及びその10の相 三つの方面における善とは: 初善、中善と後善である。 10の相とは、初、中、後における相を言う。 以下にその経文を紹介する: 「初禅において、行道清浄は初、…

是誰庵のひとやすみ~アチャン・ネンについて

今日から翻訳が始まりました「身念処」は、タイのアチャン・ネンの作品です。 私は翻訳を始める時決して、目的の本を、最後まで読む・・・という事はしません。 中ほどに、難しい表現が出て来ると、萎縮してしまいますので、中身は確認しないまま、「エイヤ…

「身念処」(翻訳文)1-2

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 1.1 仏法 2600年前、インドの北方にある小さな王国の王子シッダタは、人生における苦の様相を見た為、妻子を置いて、己独自に、苦の滅の方法を、探し求める事にした。 彼は、当時の印度の苦行者の修行の目標に追…

「身念処」(翻訳文)1-1(5/203 )

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 第一章 理論 一切の有情は、既に生まれたものも、これから生まれ出ようとするものも、彼らの躯殻(=身体の殻)を残して死ななければならない。 この有情の共通の運命を知ったならば、智者は、修行に努力して、高…