Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

2017-11-28から1日間の記事一覧

是誰庵のひとやすみ~すべて世は事もなし

今日、ひと月に一度飲む、骨を強化するお薬を貰いに、 病院に行きました。 私「いつもの骨のお薬をお願いします」 受付嬢「目の薬・・・ですか?」 私「・・・(この病院に眼科はないはず。この受付嬢は何を馬鹿な事を)」(で、私は、ちょっとムカっとする…

是誰庵のひとやすみ~印可・印証は必要か?

我々仏道の修行をする者の内に、自分の指導者から「よし、それでこそ私の弟子だ」「私が印可・印証しよう」と言われるのを喜ぶ人が、一部において存在するようだ (中国禅宗慧能禅師の衣鉢伝承物語の影響か?)。 通常、禅の指導者は印可・印証はしない。 パ…

「身念処」1-74

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 身体の無常は、思慧で体験・会得できる。 しかし、心の無常は、(+身体より)更に微細なため、体験・会得しにくい。 姿勢を変える時、例えば、座っている色身から、立っている色身に変る時、我々は座っている色…

「身念処」1-73

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 1)相続。身・心の生・滅は、かくの如く迅速なため、我々にはその生・滅の現象が見えない。故に、我々は身・心は連続しているのだと誤解してしまう。それはちょうど、銀幕上の映画の影像が、連続しているように…

「テーラワーダ仏教在家居士帰依戒律ハンドブック」1-6

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 比丘が念ずる: Buddhaṃ saraṇaṃ gacchāmi. 受戒者は、この三帰依文を直接誦してしまうか、または比丘が一回誦した後、受戒者が後に続いて一回誦する。 Buddhaṃ saraṇaṃ gacchāmi. (私は仏に帰依します) Dhamma…