Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

2017-12-05から1日間の記事一覧

「テーラワーダ仏教在家居士帰依戒律ハンドブック」2-6

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> なぜ、これを「《小部》」と呼ぶのか? 諸々の多くの小さな法の蘊(=集まり)の群衆とその住処であるが故に。 群衆とその住処という意味において「部(ニカーヤ)」と言う。 如説(注7):「比丘たちよ。私はそ…

「身念処」1-83

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> a)無明から老・死までが、一つの縁起の法である。 その後の、「憂い、悲しみ、苦悩」等々は、踵を接して、その直後に続くものである。 上記は、生が有れば、苦がある事を表しているーー第一聖諦。 この種の、現…

是誰庵のひとやすみ~無明縁行の<行>について

仏教というのは難しい。 ゴータマ仏陀の悟りの内容自体が難しいし、2600年前のインドで語られた事柄故に、言葉(パーリ語)の解釈も難しい(パーリ語が死語である事も、ダンマの理解を妨げる)。 仏教で最も重要な「12縁起」も、私にとって、分かったような…

「身念処」1-82

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 1、無明を縁として、行(注1)あり。 2、行を縁として、識あり。 3、識を縁として、名色あり。 4、名色を縁として、六入あり。 5、六入を縁として、触あり。 6、触を縁として、受あり。 7、受を縁として…