Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。 コメント欄はどなたも利用OKですが、リトリートに入っている時は回答致しません。

2017-12-06から1日間の記事一覧

「テーラワーダ仏教在家居士帰依戒律ハンドブック」2-9

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 我々は、破、未破、果、及び所応行(帰依の対象)について、以下に、解説する: 『法に帰依』等の二種は、ここにおいて、知られる方法で説明する。 順序の原因となった事柄を、説明し、確定する。 かつ、比喩で以…

「身念処」1-87(81/203)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> (P80、図の説明につき、全頁省略。p81上段、同、省略) ( ↓ p81、下段) 愛(=渇愛)の結果(が輪廻である事)を理解したならば、諸法は、常で、生・滅異変しないという妄執のある人、また貪欲心が非常に重い…

「身念処」1-86

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 1-12-2 縁起の法における各方面からの分析 我々は、7つの角度から、縁起の法を研究する事ができる: 例えば、因と縁の鎖、幾世代において、幾重にも重なる因果等等。 ここでは、その中の何種類かを研究する: 1…

「身念処」1-85

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 1-12-1 如何にして12縁起でもって邪見を破るのか? 12縁起の真相を理解したならば、智慧の力でもって、顛倒妄想を打ち破る事ができる。 1、無明: <無明の縁によって行あり>を理解する事によって、(+己より…

「身念処」1-84

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> ある時、アーナンダは、縁起の法がどれほど良いものであるか、どれほど理解し易いものであるか、仏陀に告げて言った時。 「並非如此(そうではない)」 仏陀は述べる: 「縁起の法は、玄妙であり、かつ、奥深く、…

「テーラワーダ仏教在家居士帰依戒律ハンドブック」1-8

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> (因と縁の浄化、すなわち説明) その始まりは、以下の通りである: 「私は仏に帰依します、 私は法に帰依します、 私はサンガに帰依します。」 以下は当該の義を解説する方法の本母(=根本で)ある: 「誰によ…

「テーラワーダ仏教在家居士帰依戒律ハンドブック」2-7

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> そして、「諸々の小さな(聖典)」は、〈帰依〉、 〈学処〉、〈32行相〉、〈問童子文〉、《吉祥経》、 《宝経》、《牆外(経)》、《伏蔵(経)》、《慈経》という、九つの部分で構成された《小誦(Khuddakapāṭha…