Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

2018-02-04から1日間の記事一覧

是誰庵のひとやすみ~漢詩のお勉強

於此人群中、達彼岸者少。 其余諸人等、徘徊於此岸。 善能説法者、及依正法行、 彼能達彼岸、度難度魔境。 応捨棄黒法、智者修白法、 従家来無家、喜独処不易。 当求是法楽、捨欲無所有、 智者須清浄、自心諸垢穢。 彼於諸覚支、正心而修習。 遠離諸固執、楽…

「身念処」2-24

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 2-3-3 課題 1)「我」ありと思う煩悩の汚染は、どこから侵入するのか? それは心(受)から侵入する。 心の感覚、たとえば、「私」が座っているという感じ、己が座っているという感覚(+があるが故に)。 この…

「身念処」2-23

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 2-3 修法の研究 2-3-1 当該修法と四聖諦との関係 1)苦諦: 我々は、一つひとつの姿勢の中において、苦を見ることができる。そして、発見した苦は、苦苦及び行苦である。この二種種の苦は、我々をして、苦諦…

「身念処」2-22

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 2-2-5 初心者向け簡素な修法 修行を始めたばかりの初心者は、その修法を複雑にするのは好ましくない。というのも、身体は(粗いので)観照しやすく、心は(微細なので)観照し難い。故に、初心者は、<今・ここ>の…

「身念処」2-21

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 2-2-4 修行者が正しく修行しているかの判断 修行者にとって、己自身の修法が、正しいかまたは間違っているかを判断する事は、非常に重要である。 正しく修行している場合、彼は己の身体の姿勢を知っており、また…