Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。 コメント欄はどなたも利用OKですが、リトリートに入っている時は回答致しません。

2018-02-07から1日間の記事一覧

「身念処」3-9

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 7、過患随観智 第六観智(怖畏ママ)を証悟した時、この智が誘発される。 この智は、まさに、身・心をば、危険、驚異の源であると、見做す。 第一階智からこの智まで、一つひとつの階智は、皆、次の階智の生起を誘…

「身念処」3-8

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 6、怖畏(ママ)現起智 この智において、身・心は有害であるという智慧が生起する。というのも、第五階智において、身・心の崩壊現象を見た為、身・心は不実(=実体がない)であるという感覚が生起するーー身・心…

「身念処」3-7

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 5-2 壊随観智 この智は、ただ只管に、滅し去る身・心を見る事によって生じる智慧である。 この(+段階における)智の修行者は、内(心)、外(所縁)の崩壊する所の五蘊を見る事ができる。 たとえば、座る色身…

「身念処」3-6

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hot> 4、軽安。 修行者において、非常に平安で静かな状況が、生起する事がある: これもまた、定に偏り過ぎるために生じる現象である。三法印は、軽安によって体験・証悟する事は出来ない。 この種の状況の下では、智…

「身念処」3-5

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 5-1 行道智見清浄について(注1) 行道智見清浄(+5~13までの階智の総称)。 もし、修行が正しい場合、行道智見清浄は、この智(第四階智)によって生起する観智である、と言える。 このような名前で呼ぶのは…