Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

2018-06-16から1日間の記事一覧

★飛び入り翻訳~《基礎発趣論(業縁と果報縁)》2-17

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> マハーナーラタ伝 一人の、名を英加帝という、よい国王がいた。 国王には一人娘がいたが、名をルチャーと言った。 ルチャーは、非常に美しい王女で、アーナンダの過去生であった。 国王は王女を可愛がり、よく花…

★飛び入り翻訳~《基礎発趣論(業縁と果報縁)》2-16

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 已作業(kaṭattākaṃママ) その他の業の果報が、現に生じていない時、已作業はようやく、果報を生じせしめる。 上述の三種類の業があるとしたならば、この三種類が優先される。 已作業は、業を造(ナ)すその時に…

般若の独り言~ソータパナ(預流果聖者)とは何か

世間には、ひとたびソータパナ(預流果聖者)になったならば、どのような悪業を造(ナ)しても、業報を受ける事無く、悪趣に落ちないと豪語する人がいます(最近も日本に、そう豪語する人間がいるという事を、仄聞しました)。 では、ソータパナとは何か? …

★飛び入り翻訳~《基礎発趣論(業縁と果報縁)》2-15

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 慣行業(āciṇṇakaṃママ) ある種の業は、臨死業ではなく、普段において薫習されたものである。 不善業で言えば、ある種の人々は、普段、不善なる行為を実行する。 それはたとえば:喧嘩、殺人、偸盗、放火などで…

「テーラワーダ仏教在家居士帰依戒律ハンドブック」4-5

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> (共通するものに関する説明) 文中の、 「私は離れる学処を受持する (veramaṇīsikkhāpadṃ samādiyāmi)」は、 一切の(学処)に共通する文言であり、故に、(先に)これらの共通する文言について、その義(=意…