Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

2018-07-03から1日間の記事一覧

★飛び入り翻訳~《基礎発趣論(業縁と果報縁)》3-11(55/100)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 怖れる必要はない 上に述べた道理に関して、我々は、怖れる必要はない。 喜んでもいいくらいである。 無始以来の過去世の中で、我々はどれほど多くの悪業を造(ナ)したか分からないくらいであるが、また、どれく…

★飛び入り翻訳~《基礎発趣論(業縁と果報縁)》3-10

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 無間縁のエネルギー(anantarasatti) これら残留したエネルギーは、如何にして、我々の蘊流の中に、付き従うのか? 今、あなた方は《発趣論》を聞いていて、(+内容について)多少の目鼻は、ついていると思われ…

★飛び入り翻訳~《基礎発趣論(業縁と果報縁)》3-9

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 諦波羅蜜(saccā pāramī) 諦波羅蜜は、話される言葉がすべて真実である、事を言う。 話す事、為す事が皆、真実である。 仏陀がいまだ、仏になっていない以前、不断に諦波羅蜜を累積し、仏陀に成ったこの一生にお…

★飛び入り翻訳~《基礎発趣論(業縁と果報縁)》3-8

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 慈波羅蜜(mettā pāramī) 世尊が、王宮を離れて森林に向かったあの時、彼は一体、何をしていたのであろうか? 彼は、慈心を発散していたのである: 「願わくば一切の衆生が楽しく、安らかでありますように」と。…

★飛び入り翻訳~《基礎発趣論(業縁と果報縁)》3-7(50/100)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 波羅蜜(pāramī) 次に、「業」、「布施業」と「布施波羅蜜」の「エネルギー」について説明する。 世間的な栄華富貴を祈求する業は、波羅蜜ではない(Paranam es ā pāramī ママ)。 「波羅蜜とは、高尚なる者の財産…

★飛び入り翻訳~《基礎発趣論(業縁と果報縁)》3-6

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 業力が残すエネルギー Santānetaṃ kammaṃ nāma na nirujjhati sabbaso Savisesaṃ nidhetv āpi samayami vipaccituṃ(ママ) 衆生の身・心(蘊流:生・滅する名色法)において、善であったり、悪であったりするこの…

★飛び入り翻訳~《基礎発趣論(業縁と果報縁)》3-5

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 仏陀は「思心所」を、「業」であるとした。 故に「思心所」を、業と呼ぶ。 当然のことだが、思心所は必ず消滅する(滅し去る)。 これは、名法と色法(nāma rūpa)が、元々から消失する(滅し去る)(+性質を持…