Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。 2018年8月10日の翻訳をもって翻訳ワークは終了しました。                     コメント欄は利用OKですが、リトリートに入っている時は回答しません。。

2018-07-19から1日間の記事一覧

『阿羅漢向・阿羅漢果』1-22

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 心が、この顕著な特徴に、深々と覚醒した時、疼痛は徐々に消失する。 同時に、我々は、疼痛の体験及び、それに執着する所の ”私”、その両者の根本的な関係性に対して、覚醒する事となる。 この関係は、心の内部に…

『阿羅漢向・阿羅漢果』1-21

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 例を挙げてみよう。 膝頭または筋肉に怪我をしても、膝頭または筋肉はただ骨、靭帯と肉に過ぎず、それらは疼痛自体ではない。 両者は共にあるけれども、それらはただ各々の特性を、保持しているだけである。 心は…

般若の独り言~コーチはタイの一休さん?

タイ・チェンライの洞窟に閉じ込められた少年12人とコーチの全員が救出されたのは、本当に喜ばしいことでした(犠牲になったクナンさんに哀悼の意を表します)。 先ほど、IT 上で、彼らの会見の様子を見ました。 サッカーボールを蹴りながら登場して、健康を…

『阿羅漢向・阿羅漢果』1-20

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> <仏世尊は我々に教えられた> 仏世尊の教えられた、観察の目的とは何か? すべての疼痛は、生起して、非常に短い時間留まって後、滅し去るという現象を、よく見る様にと教えたのである。 その中に分け入って、干…