Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。 コメント欄はどなたも利用OKですが、リトリートに入っている時は回答致しません。

2018-07-29から1日間の記事一覧

《Vipassanāハンドブック》7-1(F)(20/80)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 今、我々は、真諦の立場から、物事を分析してみよう。 現象界において、上に述べた如く、色法と心法の二種類があり、前者(色法)は28種類ある。すなわち: 一、四大種。すなわち: 1、地大(個体の元素) 2、…

《Vipassanāハンドブック》6-2(F)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 同様に、もう一人の人間が: 「真諦によれば、個人は存在しえない。個体の生命も存在していない」と言えば、聞いている者は、この種の言い方を、否定してはならない。 というのも、これは真諦であり、現象界はた…

《Vipassanāハンドブック》6-1(F)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> (六)二種類の諦 Saccā は、諦または真理を指す。 諦は、一種、堅固な信であり、またはある事柄の固有の本質を言う。 諦には二種類ある: すなわち、 1、俗諦(sammut-saccā):世俗のまたは相対的な真理。 2…

《Vipassanāハンドブック》5-7(F)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 今、我々は、二種類の趣について、検討したい。 一人の人間が、木から落ちて来る時、それは椰子の実が落ちてくる様に似ている。 というのも、彼は、空中を飛翔する事の出来る翼を持っていないが故に。 もっとはっ…

般若の独り言~嫉妬と承認欲求

私はもうすぐ70歳、人生もそろそろ終盤。 私の人生は、幸せであったろうか? 勿論、Yes。 とりあえず、棺の蓋を覆う前ではあるけれど。 人生の早い内に、大好きな仏法に出会えた のだから、幸せこの上ない。 では具体的に、何が私に、幸せを齎した だろうか…

《Vipassanāハンドブック》5-6(F)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> この経典から分かる事は、なぜ悲惨な世界に生まれる衆生がいて、彼らはなぜ、人類の生活を過ごすことができないのか、という疑問に関して、その答えは、彼らは、上に向かって望むという事がなく、下に向かって堕…

《Vipassanāハンドブック》5-5(F)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> この時、仏陀は言った: 「比丘たちよ! この種の不可思議な事柄は、発生するのが、最も難しい、という訳ではない。 もっと難しい事柄、百倍、千倍も難しい事柄がありますが、それはあなた方の知識の領域を、越え…

般若の独り言~「四角号碼」という名の辞書

先日、長らく使っていた中日電子辞書が、壊れてしまいました。キーを押しても、液晶に文字の表示がありません。 9月には、一連の翻訳を終結させますから、新しい辞書を買うのもどうかと思い、昔使っていた「四角号碼」という辞書を引っ張り出して使っていま…

《Vipassanāハンドブック》5-4(F)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 《盲亀経》は、以下の様に書かれている。 ある時、仏陀が弟子に言った: 「比丘たちよ! 大海洋の中、一匹の目の見えない亀がいて、この亀が、計り得ない程の深い海に飛び込んで、彼の頭は、彼の身体を、あてもな…

般若の独り言~メメント・モリ

先日、アチャン・マハー・ブーワの法話集 『阿羅漢向・阿羅漢果』の翻訳を終えました。 これまで、色々な仏教書を翻訳しましたけれど、阿羅漢とはどういうものかが、具体的に分かる本は少ないので、 翻訳できて本当によかったです(当該書籍をご恵送くださっ…