Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

2018-11-17から1日間の記事一覧

『涅槃証悟の唯一の道』 パオ・セヤドー著(3-53)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> (アーナンダ尊者が、このたとえ話の中で、守衛は、どの様な大きな生き物も、この町に入るかまたは離れる場合に、必ずあの門を通らなければならない事を知っている、と言う時、我々は、では飛ぶ鳥はどうなのか、…

般若の独り言~数法

ブログの読者の方から「仏教なんてものは無いのだよ (サヤレーは仏教、仏教って拘っているみたいだけど)」というお言葉を頂きました。 まさにその通りでして、私が 40年前に、タイの森林寺院で修行を始めた時、タイの方々に「ブッディズム」と言っても、全…

『涅槃証悟の唯一の道』 パオ・セヤドー著(3‐52)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> <注24>: 仏陀は、《Kuṇḍaliya Sutta》の中において、以下の様に言う: ”クンダリヤよ。 四念処はどの様にして修習するのか? どの様に多く修習する事によって、七覚支を円満させる事ができるのか? ここにおい…

『涅槃証悟の唯一の道』 パオ・セヤドー著(3‐51)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 町を守る守衛は、自分自身はどれほど多く己自身の生き物が入って来たか、出て行ったかに、関心がない。 しかし、彼はどの様な大きな生き物(猫、人間、馬、象など)であっても、唯一、このひとつの門を通ってしか…

『涅槃証悟の唯一の道』 パオ・セヤドー著(3‐50)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> その後、アーナンダ尊者は、ウッティヤに対して、一道門のたとえ話をした: ”賢友、ウッティヤよ。 まさに国王の(+所有する)最も遠い町において、堅固な保塁、城壁、門構えと一つの門(ekadvāraṃ)があるとし…