Sayalay's Dhamma book

長年、当ブログにおいて逐次公開しましたテーラワーダ系仏教書翻訳文は、<菩提樹文庫>にてPDF版として、正式に公開されています。<菩提樹文庫>WEBをご閲覧下さい。

2019-03-24から1日間の記事一覧

本雅難陀禅師アメリカ法話第一集-55

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 【安般念の四つの段階と 禅相に融入する方法】下 ▲【安般念の四つの段階】 《大念処経》の中において、以下の様に言及されている: 先に呼吸を知る事を保持して後初めて、歩き始める。行住坐臥に関わらず、みな、…

本雅難陀禅師アメリカ法話第一集-54

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 禅の修行に成功せんとする人は、雑事少なく、座禅・瞑想しながら、考えごとをしてはならない。 まずは、仕事の事、気苦労な事や人を忘れる。 大きな妄想が出てきた時、柔軟な方法で解決する。 己自身に、私は今、…

本雅難陀禅師アメリカ法話第一集-53(66/82)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> ▲【定力の育成】 座禅・瞑想するとき、みな方法は同じである。あなたが、頑張って座っても、他の人より早く進歩するとは限らない。 定力を育成するには、先に正精進を育成しなければならない。 正精進とは、「四…

本雅難陀禅師アメリカ法話第一集-52(62/82)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> ▲【禅修行の成功】 一人の婆羅門が、仏陀に訊ねた: 仏陀ご在世の時代、仏法があり、聖弟子もいる。 私の禅修行は、どれほどの時間を掛ければ、成功するか? 仏陀は反問した: あなたは、何の仕事をしていますか…

本雅難陀禅師アメリカ法話第一集‐51

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> ▲【異なる性格の者には異なる業処を】 一人ひとりの衆生の性格は異なる。 故に、適合する業処も異なる。 禅修行者に、安般念だけを、教えるのはよくない。 ある種の人々は、貪心が重い。 私の父親、私の母親、私…

本雅難陀禅師アメリカ法話第一集-50(58/82)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> もし、仏陀の慈悲が、これほどに偉大である事を知ったならば、(+あなた方は)感動して、一時でも早く、一切の煩悩から解脱しようと、思うに違いない。 仏陀の功徳は無量であり、語り尽くせない。 仏陀の慈悲は…

本雅難陀禅師アメリカ法話第一集-49

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 仏陀は29歳で出家修行、苦行を6年間修行した後、35歳の時に、仏陀に成った。 仏陀は、五比丘に説法をする前、先に、過去の諸仏が、何を開示したのか、を観察した。 ・・・《転法輪経》であった。 故に仏陀は、彼…

本雅難陀禅師アメリカ法話第一集-48

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> ▲【仏陀の智慧と慈悲】 仏陀の四道心は、一切智智と相応する所の、四道心である。 「一切智智」の意味は: すべての法門を知っている智慧を言う。 例えば、どの様な人間であっても、仏陀の前に立てば、仏陀は、彼…

本雅難陀禅師アメリカ法話第一集-47

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 上の事から、一人ひとりは、観禅 vipassana を修しなければならない音が分かる。 しかし、定力がない者は、それを修することができない。 というのも、《定經》において、仏陀は以下の様に述べている: 「定力が…