wong0110's diary

中国語で書かれた仏教書を日本語に翻訳して公開。+日常の心模様の独り言。

仏教

是誰庵のひとやすみ~「掌中の葉」が続きます

何日か前の<是誰庵のひとやすみ>でお知らせ致しました通り、年末までに「掌中の葉」の翻訳を終わらせたいので、暫くは「掌中の葉」ばかりが続きます(翻訳は割と順調に進んでいて、10月くらいで完了するかも、です)。 パオ・セヤドーの「顕正法蔵」を楽し…

☆「掌中の葉」(翻訳文)4-8

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> (二)覚と瞋 この両者は相似ている。 双方とも、所縁に対して、不滋潤(=潤わない事、増長しない事)で、不執着であるという現象を顕す。 覚行者は、善法の中において、所縁に対し、不滋潤であり、不執着である…

☆「掌中の葉」(翻訳文)4-7

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> この時、ヴァッカリは、純粋な信心と、貪念の雑染した信念の違いを、理解した。 彼は、勇敢にも、仏陀への執着を放下し、その為、油然として、堅固で移ろわない、清かな信心が生じた。この偈を聞き終えた後即刻、…

☆「掌中の葉」(翻訳文)4-6

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 性行の同分(=共通、同等)と区分 この六種類の性行において、信行者と貪行者は同分、覚行者と瞋行者は同分、尋行者と痴行者は同分である。 《清浄道論・第三章・第75、76、77段》 性行(性格と行い)の同分と区…

☆「掌中の葉」(翻訳文)4-5

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 【性行の原因】 (訳者注: 以下の★から★までの日本語訳は、原文では表になっています。hatenaの画面では、表の作成ができませんので、箇条書きとしました。) ★ (A)貪行者 (1)宿作の因ーー宿世における良き…

☆「掌中の葉」(翻訳文)4-4

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 簡潔に言えば、もし、一人の修行者が、性行(=性格と行い)という、この課題について、深く思考することができるならば、彼は、修行に関して、多くの迷路を歩かなくて済むし、非常に多くの過失を犯す事も、免れ…

☆「掌中の葉」(翻訳文)4-3

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> (仏陀は言う:)「加拉瑪族人よ。伝統であるから、または伝承であるから、または聞いた所による、または典籍に記載されているから、または理屈にあっているから、または推論により、または合理的だと思えるから…

☆「掌中の葉」(翻訳文)4-2

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> これが、なぜ、通常の場面において、大部分の禅師が、ただ、己自身が自ら証悟した(+修行の)道筋しか話せないのか、ということの理由である。 彼らは、己自身の、長年の苦しい修行を通して、最終的に、己自身の…

☆「掌中の葉」(翻訳文)4-1

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 第四章 性行と業処 性行(=性格と行い) 性行には六種類ある。 すなわち、貪行、瞋行、痴行、信行、覚行、尋行であり、簡潔に、六種類の性行と言う。 《清浄道論・第三章・第74段》 《清浄道論》の定義によると…

是誰庵のひとやすみ~蕎麦の実から思う事

先日、水中運動に行きましたら、運動仲間のおばぁさんから「蕎麦の実が欲しい。インターネットで買えないか?」という相談を受けました。 どうやら TV の番組内で、蕎麦の実が体にいいと、宣伝されたようです。 庵に帰って、調べてみましたが、某通販会社で…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-41

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 五、学生の任務の履行 世尊は≪犍度≫の中で、下記のように言う: 「比丘!門人は導師に対して、正務を履行すべし。」 《清浄道論・第三章・第71段》 【学生の任務】 1、教師の日常生活・飲食など、たとえば家屋の…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-38

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 三、己を世尊に捧げる もし、あなたが、人のいない辺鄙な所にいて、身の毛もよだつ恐ろしい事態に遭遇したならば、あなたは以下のように、考えるべきである: 「私は、己を仏陀に捧げる明智もないのか?」と。 こ…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-37

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 【引証】仏陀は言う: 定を尊重すると、仏法を久しく住(トド)める事ができるーー《相応部・16迦葉相応・第13経》 「迦葉、五つの事柄は、正法を久住、不衰、不失にする事ができる。 どの五つか? ここにおいて…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-35

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> (二)定を得て智見ママが生じる(殊勝な知見ママ を得る)。 あなたが定力を得た後、定力の光を借りて、あなたは心霊(=心)を導くことが出来、その事によって、肉眼で見えないものが見える(+ようになる)。 …

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-33

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 6、解脱の欠けた意楽者: 私は「真我」の涅槃に回帰したい。 原因:仏法の修行を始めた時、あなたは涅槃を、恒常なる快楽(=楽しい)の楽園だと思っていた。あなたの修行が、高度なレベルに到達した時、あなた…

是誰庵のひとやすみ~翻訳の進捗予定

当翻訳文閲覧の皆様へ 「顕正法蔵」(パオ・セヤドー著)と「掌中の葉」(シッダッタ学院)の拙訳をお読み頂きまして、ありがとうございます。 気が向いた時に、二冊両方共翻訳したり、片方だけを翻訳したりしております。 ほぼ毎日、最低一回は翻訳していま…

是誰庵のひとやすみ~唯我独尊

先日、メールで、こんな宣伝文が届きました。 ★世界初の特製ダイエット・サプリメント。 会員様13万人全員にお分けしたい所ですが、今回は、たった853人のみ、あなたはその853人のうちの一人に選ばれました! いかがですか? 特製のダイエット・サプリメント…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-30

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 4、出離の欠けた意楽者:修行の目的を、名声、富、権力を累積する事に置き、強烈な動機をもって修行する。 原因:聖者と呼ばれる人が、何千何万という信徒と、名声、権力を得ているのを見て、羨望する。世間の色…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-28

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 3、痴行意楽者:私は心底、善を行い、禅の修行を実践し、その後に悟りたいと思う。 原因:仏法を聞いた後、あなたはようやく、証悟に対する、善行の種を蒔く事の重要性を認識することができた。 故に、あなたは…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-22

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 【引証一】:証悟の楽ーー《律蔵・小品・第七破僧犍度》 釈迦族の跋提王は、仏陀の膝下で出家した後、一回目の雨安居の期間中で阿羅漢果を証得し、三明具足した。 その後、跋提比丘は林の中、木の下、静かな空き…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-21

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 世俗の生活も、同じことである。 我々は、富、権力、家庭が快楽(=楽しさ)を齎すことができると思い、故に、発奮して、真面目に仕事に取り組む。 多くの人々は、徒弟の苦労もいとわず:食べ物も質素で、ベッド…

パオ・セヤドー講述「顕正法蔵」(翻訳文)5-76

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 同様に、比丘たちよ。 ここにおいて、ある愚鈍な比丘が、行き先への知識がなく、また、欲楽からの完全な遠離、不善なる法からの完全なる遠離がないまま、尋、伺、喜、楽及び静寂で楽の生じる初禅に入り、安住する…

パオ・セヤドー講述「顕正法蔵」(翻訳文)5-75

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 「比丘たちよ。たとえば、一頭の愚鈍な牝の野生牛が、行先への知識がなく、危険な崖のある山の中を歩く事にも慣れていないとする。 彼女は想う:『私がこれまで行ったことのない方角へ行き、これまで食べたことの…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-17

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 学生たちは、彼らの教師の様子をみて、心を痛め、意気沮喪し、教師は彼らと同じ凡夫であると断定し、教師への尊敬心を、喪失することがある。 聖者であっても、心を痛めるということがあることを、 ≪仏陀の聖弟子…

是誰庵のひとやすみ~瞬間的存在

昨16日の<是誰庵のひとやすみ>に、「口中有斧」という題で、雑感を書きました。 そこで、ゴータマ仏陀は「『私は侮られた』と怒る者は愚か者である」と言っている、とご紹介しました。 そして、人を侮る人間は、心が病んでいるのだから、相手にする事はな…

是誰庵のひとやすみ~口中有斧

きちんと記録したわけではないので、多少の記憶間違いがあるかもしれませんが、某大臣が「地震、津波の被害が東北でよかった」と失言して、失脚しましたね。 去年は熊本・大分地震があり、先日は福岡・大分豪雨がありました。 すると私に「(首都圏から)わ…

パオ・セヤドー講述「顕正法蔵」(翻訳文)5-70

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> (三)衆生と物を偏愛する人から遠く離れる: (甲)衆生に対して偏愛する人とは、己の子女など、俗世の家族を非常に愛惜する人をいう。 また、己の弟子、友人、戒師などなどを非常に愛惜する出家者も含む。 この…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-6

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> これは非常に重要な点である。 ここで、ただ自ら証悟しただけでは、あなたは、よい教師にはなれない、と言っている事は、すなわち、あなたは、あなたと同じ道を歩む学生しか導けないから、というのがその理由であ…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-5

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 良い師の資格 よい禅修行の指導者は、どのような資格を具備しておくべきであろうか? 主要な資格は以下の二種類である: (一)彼自身に実体験的な証悟があること 故に、もし漏尽者を得ることができるならば (す…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-4

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> (一)彼は、親身で、まじめで、尊敬できる人である あなたとこの先生は、非常に強い因と縁がある必要がある(業の繋がり)。 通常、非常に強い業の因と縁の繋がりにより、あなたは、あなたの先生に対して、真心…

パオ・セヤドー講述「顕正法蔵」(翻訳文)5-69

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> (二)彼は以下のような、二種類の方法を通して、「物に執着しない態度」を策励する: (甲)このような(+考えを)通して、(+己を)所有しない者として、思惟する: 「この袈裟は退色する、古くなる、雑巾に…

パオ・セヤドー講述「顕正法蔵」(翻訳文)5-67

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 8-6-5-3 捨覚支を生起させる事の出来る五種類の方法 捨覚支を生起させる事の出来る、五種類の方法がある: 1、衆生に対して執着しない態度: 2、物に対して執着しない態度: 3、衆生と物に対して偏愛する人(…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-3

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> あなたの(+仏法に関する)基礎が強固になった時、あなたは多くの先生について学んでも、よい。 その時、あなたは、涅槃へ向かうための、多くの道を学ぶことができる。 その後、あなたは自分自身が、真正の、善…

パオ・セヤドー講述「顕正法蔵」(翻訳文)5-66

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> (七)心がすでに正しい行道(進むべき道)に進んでいて、不軟弱、不動揺、不沮喪であり、かつ、禅の修行が順調に進んでいて、軽安の道に進入している時、当該の心に対して、彼は策励も、抑制もすることなく、ま…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-1

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 第三章 教師と学生 良い師の特徴 業処を(+決定して)与える善友(良い師)とは: 親切認真可敬者 (親身で、まじめで、尊敬できる人)、 講説温和言語者 (話すときは、言葉が温和な人)、 能做深奥談論者 (奥…

是誰庵のひとやすみ~覓食難(mi・shi・nan)

中国語の仏教書を翻訳していて、よく「覓食難(mi・shi・nan)」という言葉に出くわします。 輪廻から解脱したいと願う理由は、基本的には四聖諦で決まりですが、凡夫としての具体的実感として、この「覓食難」は言いえて妙だと思います。 その直接的な意味は…

☆「掌中の葉」(翻訳文)2-44

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> そして、更に重要な事は、良い教師なら、あなたが最終的に、真正なる定を獲得することができるように、あなたに対して、正しい心構えでもって定の要因(定の修習)を育成するべきであることを、教えるであろう。 …

☆「掌中の葉」(翻訳文)2-43

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 上記の、《増支部》の中の経文と、《清浄道論》の補足から、我々は、以下のような、非常に重要な結論を、得ることができる: (一)定の修習において、最も基本的な要素とは、煩悩のない心であり、その他の基本的…

パオ・セヤドー講述「顕正法蔵」(翻訳文)5-65

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> ここにおいて、(一)と(二)のこの二項目は、以前に説明した解釈によって、理解する。 (三)は、安般念禅相または遍相か、または何かの禅の目標を獲得することに優れている事。 (四)は、精進など等が過剰す…

☆「掌中の葉」(翻訳文)2-41

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 定の修習において如何にして更に一歩進んで放下(=手放す)の法則を運用するのか? 【引証】順生(=流れに沿って正しく生きる)の因と縁を具備すれば、定はすなわち自然に生起するーー《増支部・11法集・第2経…

是誰庵のひとやすみ~無常&無情

昨日、近所の知人から電話があり「明日、大学病院に行かなければならないけれど、一時間に一本しかないバスに合わせていると、受付に遅れてしまう」「あなたのパジェロで送って貰えないでしょうか?」と、遠慮がちに、頼まれました。 この週末は急ぎの用事も…

ブッダダーサ尊者著「無我」(翻訳文)ー71

《バガヴァット・ギーター》の中の「自我」~ インド哲学の中の、この種の「究極的な自我」 の観念は、《バガヴァット・ギーター》という 経典の中に、容易に見つけ出すことができる し、また、最も人々に知れらてもいる。 《バガヴァット・ギーター》の中の…

ブッダダーサ尊者著「無我」(翻訳文)ー70

読者の方々には必ず、以下の事を知っておいて 頂きたい。 仏陀は、いまだ仏に成る前、菩薩であった時、 すでに阿羅邏迦羅の観点を否定していたこと を。 ただし、彼は、この観点について、それが 間違っている、とは言わなかった。 ただ、彼は、それは苦痛を…

ブッダダーサ尊者著「無我」(翻訳文)-69★

私はここで、上述の事柄を論談・研究する 目的は、決して、仏教哲学とその他の哲学の 内、どちらがより良いか、どちらがより 深いかを比較したいが為ではない、という ことを、明言しておく。 というのも、それぞれの哲学には、それが 持つ特殊な面があり、…

パオ・セヤドー講述「菩提資糧」(翻訳文)-139

《行蔵註疏》の中で、捨波羅蜜を修習する「大身毛豎立行」 の物語がある。 ある時、菩薩は、富裕な貴族の家に生まれた。 成長した後、有名な師について、学んだ。 学んだ後、家に戻って両親の面倒を見た。 両親が亡くなった後、親戚が、彼に遺産を守る様に、…

パオ・セヤドー講述「菩提資糧」(翻訳文)-132

決意波羅蜜について言えば、それは大悲心と方法善巧智を 基礎にして、善を行い他人を利益する事に全く動揺しない 決心の事を言うか、または、この決心をする時に 生じる心を言う。 その特徴は、菩提資量の修習への決意。 作用は、菩提資量と対立する法との対…

パオ・セヤドー講述「菩提資糧」(翻訳文)-128

《忍辱行者本生経》の中において、我らの菩薩が、ある一世に おいて、忍辱行者(Kantivadi)であった時の、彼の模範的な 忍辱についての物語が、書かれている。 ある日、カラブ(Kalabu)王、すなわち、未来のディバダッタは、 多くの男女の侍者の随行の下、…

是誰庵のひとやすみ~ハラミツのヒミツ

学生の時、六波羅タンダイとか、六波羅蜜とか習ったけど、 よく分からなかったなぁ。 現在、パオ・セヤドー講述の「菩提資糧」・・・テーラワーダ における、仏陀になるための、十の波羅蜜(ハラミツ)の積み方、 なるものを、「フムフム」「なるほど」と思…

パオ・セヤドー講述「菩提資糧」(翻訳文)-117

四、智慧波羅蜜 智慧波羅蜜に関して言えば、それは大悲心と方法善巧智(=方便)を 基礎にして、諸法の共相(=共通する性質)と特相(=特徴)を 見通す心所である。 その特徴は、諸法の実相を見通す事、または、まったくの錯誤なしに、 目標の共相と特徴を…

パオ・セヤドー講述「菩提資糧」(翻訳文)-116

最初の日、大黄金は、自分の食べ物を取りに行った時、自分の分が ないのに気がついた。 彼は、当直の人が忘れたのだろう、と考えので、特に何も言わずに、 住居に戻って、禅の修行を続けた。 次の日、彼は又、自分の食べ物を得る事が出来なかった。 彼は、誰…