Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。

★飛び入り翻訳~『24縁発趣論』10-1

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 10 前生縁(Pureja-ātapaccayo) 前生縁とは、縁法がすでに住時(=安定期)に到達した所の、色法の事を言う。 それは、それに伴って縁生法である名法が生起する所の、作用を擁する。 たとえば、太陽が出現したが…

★飛び入り翻訳~『24縁発趣論』9-8

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> アングリマーラは、遠くから母親が歩いて来るのをみて、それが己の母親だという事がすぐに分かったが、しかし、彼の心はすでに冷酷で無情なる状況にあった為、最後の一本の指を手に入れる為に、母親を殺そうと思…

★飛び入り翻訳~『24縁発趣論』9-7

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> しかし、ある時には、以前の不善業が現在の善業の親依止縁になる事もある。 たとえば、悪魔のような殺人鬼であったアングリマーラ(Aṅgulimāla)(+の例)である。 アングリマーラは、元々は非常に優秀な学生で…

★飛び入り翻訳~『24縁発趣論』9-6

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 同様に、食物も、我々の健康に影響を与える。 己に合う食物を食べた時、身体が健康であるばかりでなく、修行にも利益がある。 古代、ある一人の在家の女性が、比丘に食べ物を供養していた。 彼女は比丘に、禅修の…

★飛び入り翻訳~『24縁発趣論』9-5

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> ■外 環境、気候等が含まれる。 たとえば、英国の気候は比較的陰々としており、何人かの英国在住者が言うには、英国では非常に多くの人がうつ病になるのだ、と。 彼らのうつ病は、部分的には、気候の影響を受けて…

★飛び入り翻訳~『24縁発趣論』9-4

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> ■現在 現今の仏教界の内で、パオ禅師(=パオ・セヤドー)によって代表され、指導される所の止・観禅法は、非常に広範囲に(+世界中に)広がって伝わっている。 彼は、安般念だけではなく、十遍、無色禅、四梵住…

「テーラワーダ仏教在家居士帰依戒律ハンドブック」2-18

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> (破、未破及び果について) 次に私は、「破、未破及び果、所応行(帰依の対象)」についての説明をする。 (以下の)件は、破などの説明である: (破)――以下のような帰依を行った者において、二種類の帰依の行…

「テーラワーダ仏教在家居士帰依戒律ハンドブック」2-17

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> また(ある種の帰依者は)、(帰依)する時に、たとえば、(Tapassu)、(Bhallika)などを同時に受持する: 「尊者、我々は、世尊及び法に帰依します。 世尊は、我々をして、近事男として憶持して下さい。」 ま…

★飛び入り翻訳~『24縁発趣論』9-3

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> たとえば、我々の前世の伴侶は、我々の現在の、一目ぼれする相手としての、親依止縁となる事がある。 仏陀の時代、多くの修行者は、たとえば、池に咲く白い蓮の花を見て「白、白、白」と専注するだけで、禅定・・…

★飛び入り翻訳~『24縁発趣論』9-2

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> ■過去 一切の過去の名色法は、皆、我々の、現在の自然親依止縁になり得る。 たとえば、すでに2600年余の歴史を持つ仏陀の教えは、現在の我々仏弟子の、悪行をやめて、善行を行う(+有用な)親依止縁であり、また…

「テーラワーダ仏教在家居士帰依戒律ハンドブック」2-16(50/230)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> (帰依行為(saraṇagamana))--当該(+対象へ)の浄信、当該(+対象へ)の尊重によって、煩悩は殺害され、断じ除かれ、依拠する所の行相(=行為の様相)が、(+心が)転じる事によって、生起される。 また…

★飛び入り翻訳~『24縁発趣論』9-1(75/200)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 9、親依止縁(Upanissayapaccayo) これは、非常に重要な縁である。 三種類の親依止縁がある。 一、所縁親依止縁(ārammaṇūpanissaya) 二、無間親依止縁(anantarūpanissaya) 三、自然親依止縁(pakatūpanissa…

★飛び入り翻訳~『24縁発趣論』8-5

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> ある時、仏陀が、ある村に出かけて行った。 村の国王(ママ)は、すべての村人に対して、仏陀に会いに行くように、会いに行かない者は罰金を科す、と命じた。 王子は、それをあまり快く思わなかったが、彼はアー…

「テーラワーダ仏教在家居士帰依戒律ハンドブック」2-15(50 /230)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 「すでに未覚を打ち破って覚悟(=悟り)を獲得した者を仏陀」となす」ーー上記の語彙は、菩提(buddhi)、菩当((buddhaṃ)、鉢多(bodho)などと関係がある。 青、赤から派生して、青い布、赤い布などの言葉が…

「テーラワーダ仏教在家居士帰依戒律ハンドブック」2-14

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 「すでに、一趣向道者に到達した者を仏陀となす」ーーこの種の言い方は、往趣の義の方式によって、覚悟(=悟り)の義を表しているのである、ちょうどすでに道路(終点)に到達した男子を到達者と呼ぶのと同じで…

★飛び入り翻訳~『24縁発趣論』8-4

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> ■善心と健康は相互に依止する 我々の心中に生起する善心と不善心は、みな心生色法を生じせしめる。 不善心所によって生じる色法は、我々の健康に(+悪い)影響を与えるが、善心所によって生じる色法は、身体を健…

★飛び入り翻訳~『24縁発趣論』8-3

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> ■人類と大地の相互依止 我々は、この大地において生活しているが、やはり相互に依止(=依存)しているのである。 我々は、大地に依って生産された農作物に依存して生活しており、大地はまた、我々の大地への維持…

般若の独り言~台湾原始仏教協会

二か月程前、台湾(台北)にある、某精舎に手紙を出しました。テーラワーダ関連の書籍を、5冊ほど(下記1~5)頂きたいと思いまして・・・。 なかなかお返事がないので、それらの本はすでに布施・配布し終わって、お手元にはもうないのかな?と思い、半分…

★飛び入り翻訳~『24縁発趣論』8-2

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 三、名と色 結生の時、一番目の心識(結生識)(=一番最初に生起する心識)は、必ず心所依処に依止して、初めて生起することができる。もし、心所依処がなければ、心は生起する事ができない。それらの関係性を依…

「テーラワーダ仏教在家居士帰依戒律ハンドブック」2-13

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 「すでに一切を見た者を仏陀となす」ーー一切の法を覚悟(=覚知して悟る事)する事のできる者を「仏陀」と呼ぶ。 「他に指導者に頼らない者を仏陀となす」ーー他人に頼って覚悟したのではなくて、己自身によって…

★飛び入り翻訳~『24縁発趣論』8-1

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 八、依止縁(Nissayapaccayo) 縁法は、縁生法の生起を支援する。 当該の縁法と縁生法の相互の関係性は、大地が植物を支える関係とよく似ている。; また、我々が呼吸に完全に専注する時、禅相(=nimitta)が出…

般若の独り言~ちょっと一息

懸案の「37道品ハンドブック」の翻訳が、本日、終わりました。 そんなに急ぐ必要もなかったのですが、後ろに、いくつかの著書が、順番待ちしているので、「37道品」の翻訳を早く済ませようと・・・ちょっと頑張りました。今日はこれからプールで水中運動。の…

般若の独り言~「37道品ハンドブック」の翻訳を終えて

40年程前でしょうか・・・私が初めて、仏陀の教え、修行方法とその内実を取りまとめた「37道品(37菩提分)」という名称を聞いたのは。 その時は、その重要性に気が付かないといいますか・・・、そもそも、書かれている事柄について、十分に理解する事ができ…

FDC資料「37道品ハンドブック」11-7 Ledī Sayādaw著(翻訳完了)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> (以下の翻訳文は、福岡ダンマセンターの法話会に供する為の資料です) 来世もまた同様である。 衆生は以下のように思惟する: 「我々は疾病を経験するだろう。我々は老化するだろう。我々は死ぬだろう。」と。 …

FDC資料「37道品ハンドブック」11-6 Ledī Sayādaw著

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> (以下の翻訳文は、福岡ダンマセンターの法話会に供する為の資料です) 同様に、衆生は極端に疾病、老化と死に恐怖する。 しかし、彼らは、この種の懼れを受け入れるが故に、却って、過去の思いがけない事象の中…

FDC資料「37道品ハンドブック」11-5 Ledī Sayādaw著

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> (以下の翻訳文は、福岡ダンマセンターの法話会に供する為の資料です) ◎「身見」の罪悪 「身見」の悪は、極端で深刻であり、その影響は、深遠である。 一人の、母親殺しの業行を犯した人は、必ず、無間地獄の境…

FDC資料「37道品ハンドブック」11-4 Ledī Sayādaw著

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> (以下の翻訳文は、福岡ダンマセンターの法話会に供する為の資料です) 過去に(+蓄積された)無数の業は、「身見」の消滅した刹那に、効力が発生しなくなるのは、何故であるか? 以下に例を挙げて、説明する: …

FDC資料「37道品ハンドブック」11-3 Ledī Sayādaw著

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> (以下の翻訳文は、福岡ダンマセンターの法話会に供する為の資料です) かくの如くに作意・思惟する衆生は、一たび完全に「身見」から解脱、抜け出すことができたならば、たとえ彼らが(+今は)人類であっても、…

FDC資料「37道品ハンドブック」11-2 Ledī Sayādaw著

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> (以下の翻訳文は、福岡ダンマセンターの法話会に供する為の資料です) 「我見」は旧い悪業の首領であり、故に、持続的に、衆生の上に、付いて回る。 「身見」が存在していさえすれば、これらの旧い悪業は、非常…

FDCの皆様へ

FDC(福岡ダンマセンター)の皆様へ 5月13日(日)の少童神社での勉強会(法話会)の資料 <覚知、念と定>は、<菩提樹文庫>に掲載されていますので、ご一読下さい。 6月からは、 アチャン・チャーの『法の贈り物』と Ledī Sayādaw著『37道品ハンドブック…