wong0110's diary

中国語で書かれた仏教書を日本語に翻訳して公開。+日常の心模様の独り言。

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-18

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 仏陀がこのように述べたので、(+その時)既に聖者となっていたヴィサーカーは、二度と悲しむことはなかった。 彼女(+の心)は迅速に回復した。 というのも、彼女の残りの煩悩は、彼女が少なくとも、彼女をし…

是誰庵のひとやすみ~ハコミ・セラピー

昔、大学でユングに出会ったとき、非常に興味を持ちましたけれど、深く研究するまでには至りませんでした。 英語が苦手な私、ユング心理学に使われる、アニマ・アニムスとかのカタカナ用語の洪水が、どうも今一つ・・・でした(西洋の自我の立て方と、東洋の…

パオ・セヤドー講述「顕正法蔵」(翻訳文)5-76

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 同様に、比丘たちよ。 ここにおいて、ある愚鈍な比丘が、行き先への知識がなく、また、欲楽からの完全な遠離、不善なる法からの完全なる遠離がないまま、尋、伺、喜、楽及び静寂で楽の生じる初禅に入り、安住する…

パオ・セヤドー講述「顕正法蔵」(翻訳文)5-75

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 「比丘たちよ。たとえば、一頭の愚鈍な牝の野生牛が、行先への知識がなく、危険な崖のある山の中を歩く事にも慣れていないとする。 彼女は想う:『私がこれまで行ったことのない方角へ行き、これまで食べたことの…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-17

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 学生たちは、彼らの教師の様子をみて、心を痛め、意気沮喪し、教師は彼らと同じ凡夫であると断定し、教師への尊敬心を、喪失することがある。 聖者であっても、心を痛めるということがあることを、 ≪仏陀の聖弟子…

是誰庵のひとやすみ~パイナップルリリー

↑ <パイナップル・リリー>の蕾 一か月ほど前に、ホームセンターで<パイナップル・リリー>の球根が売られていました。 以前、我が家に送られてきた種苗会社のパンフレットで見たことがあって、「あ、これこれ!」という感じで、お買い上げ。 その球根を鉢…

パオ・セヤドー講述「顕正法蔵」(翻訳文)5-74

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 8-7 定に住することを重視すべき では、引き続き、安般念についての解説を続ける。 あなたが、安般念似相の初禅に専注することに到達し始めた時、あなたは常に入定し、不断に、定に住する時間を延ばすようにする…

パオ・セヤドー講述「顕正法蔵」(翻訳文)5-73

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 8-6-10 定育成の決意 「定育成の決意」とは、定の境地を育成すると決意することである。 その意味内容とは: 定を重視し、定に傾向する事である。 (+座禅・瞑想における)一回毎の姿勢の内に、禅相に専注する、…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-16

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 学生 今日、学生たちが教師を探し求める時、彼らは完全無欠な教師を追い求める傾向がある。しかしながら、彼らは完全無欠な学生だけが、完全無欠な教師得る資格がある事を、どれほど理解しているだろうか? 良師…

是誰庵のひとやすみ~もしもお金が・・・

ある知り合いの fecebook をみていたら、Alan Watts という哲学者の言葉の紹介がありました: 「もしも(この世に)お金が存在しなかったら、(あなたが本当に)やりたいことはなんですか?」というのです。 私もつい、若かったころのことを思い出しました。…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-15

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 二、(個人的な)特別な業処 特別な業処を適切な形で与えるためには、教師は学生の主要な性質(性格)を決定しなければならない。これは非常に困難な作業である。 というのも、大部分の学生は、己自身を理解して…

パオ・セヤドー講述「顕正法蔵」(翻訳文)5-72

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 8-6-7 平捨の心で心を観ずるべき時に平捨の 心で心を観ずる 彼は、如何にして、平捨の心で心を観ずるべき時に平捨の心で心を観ずるのか? 修習の最中、彼の心が平静な道に進入するならば、禅の修行は順調であると…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-14

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 一、普遍的に適用される業処 (一)慈愛 1、サンガに慈愛を送る。一緒に住む人々に、慈愛を送る。このように実践すれば、お互いに相和して暮らせる。 2、彼が以前、托鉢をした事のある村の指導的人物に慈愛を送…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-13

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 良師の止禅における役割 質問:良師の、止禅における役割とは何か? 答え:良師の役割とは、二つの方面において、止禅業処を(+決定して)与える事である。 故に彼は、「業処の授与者」と言われる。 止禅の段階…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-12

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> ◆結論 (一)良師の重要性とは、以下(+の要素)を含む: 1、良師について学ぶ時にのみ、あなたは己自身の、限界のある思想の枠組みから、抜け出すことができる。 2、実際に修行を開始した時、多くの複雑な問…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-11

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 4、事実上、上記に述べた事は、最も快速で、最も有効な、学習方法である。 これは、ちょうどヤクの容貌を研究しようとする時、本に書かれている文言を読んだり、または、そこに描かれている絵図を見るが、そうし…

パオ・セヤドー講述「顕正法蔵」(翻訳文)5-72

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 8-6-6 心が策励されるべき時に心を策励する 彼は如何にして、心が策励されるべき時に、心を策励するのか? 心が、智慧の力が弱いために、または安寧の楽を証得することが出来ないがために、倦怠を感じる時、彼は…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-10

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 2、修行とは、我々が想像しているような、そのような簡単なものではない。 書物はただ単に、一般的な指導方針を提供しているに過ぎない。 一たび、我々が実際に修行を開始すると、非常に多くの、複雑な問題に遭…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-9

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 良師の重要性 多くの人々は、彼らの歩むべき、心霊上の修行の道における教師の重要性を、しばしば低く見積もりすぎている。 彼らは、決して、時間と精神及び努力を払って、良き師を探し求めようとは、しない。 彼…

是誰庵のひとやすみ~花鳥風月

子供のころ、日本や中国の禅僧が、ひなびた田舎の陋屋に住んで、花鳥風月を愛で、己の境地を詩文にして認めているのを読んで、ちょっとした反発心を持ち、また、不思議にも思っていました。 それって現実逃避じゃないの?花鳥風月を愛でたって、世の中、ちっ…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-8

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 2、あなたが理解できる方式で止禅に関する 問題を回答する 彼は、あなたが理解できる方式で、止禅に関する問題を回答して、あなたに最も適合する方式で、奥深い教授をすることができる。 上記の事(+を実践する…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-7

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 1、あなたに適合する特別の修行の道を授与する教授(+内容について) 「修行の道の教授」とは、教師が、あなたの修行が段階を追って進歩するように支援する時に、用いられ言葉である。 修行の指導は、大衆に仏…

是誰庵のひとやすみ~瞬間的存在

昨16日の<是誰庵のひとやすみ>に、「口中有斧」という題で、雑感を書きました。 そこで、ゴータマ仏陀は「『私は侮られた』と怒る者は愚か者である」と言っている、とご紹介しました。 そして、人を侮る人間は、心が病んでいるのだから、相手にする事はな…

是誰庵のひとやすみ~口中有斧

きちんと記録したわけではないので、多少の記憶間違いがあるかもしれませんが、某大臣が「地震、津波の被害が東北でよかった」と失言して、失脚しましたね。 去年は熊本・大分地震があり、先日は福岡・大分豪雨がありました。 すると私に「(首都圏から)わ…

パオ・セヤドー講述「顕正法蔵」(翻訳文)5-70

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> (三)衆生と物を偏愛する人から遠く離れる: (甲)衆生に対して偏愛する人とは、己の子女など、俗世の家族を非常に愛惜する人をいう。 また、己の弟子、友人、戒師などなどを非常に愛惜する出家者も含む。 この…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-6

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> これは非常に重要な点である。 ここで、ただ自ら証悟しただけでは、あなたは、よい教師にはなれない、と言っている事は、すなわち、あなたは、あなたと同じ道を歩む学生しか導けないから、というのがその理由であ…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-5

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 良い師の資格 よい禅修行の指導者は、どのような資格を具備しておくべきであろうか? 主要な資格は以下の二種類である: (一)彼自身に実体験的な証悟があること 故に、もし漏尽者を得ることができるならば (す…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-4

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> (一)彼は、親身で、まじめで、尊敬できる人である あなたとこの先生は、非常に強い因と縁がある必要がある(業の繋がり)。 通常、非常に強い業の因と縁の繋がりにより、あなたは、あなたの先生に対して、真心…

パオ・セヤドー講述「顕正法蔵」(翻訳文)5-69

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> (二)彼は以下のような、二種類の方法を通して、「物に執着しない態度」を策励する: (甲)このような(+考えを)通して、(+己を)所有しない者として、思惟する: 「この袈裟は退色する、古くなる、雑巾に…

パオ・セヤドー講述「顕正法蔵」(翻訳文)5-67

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 8-6-5-3 捨覚支を生起させる事の出来る五種類の方法 捨覚支を生起させる事の出来る、五種類の方法がある: 1、衆生に対して執着しない態度: 2、物に対して執着しない態度: 3、衆生と物に対して偏愛する人(…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-3

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> あなたの(+仏法に関する)基礎が強固になった時、あなたは多くの先生について学んでも、よい。 その時、あなたは、涅槃へ向かうための、多くの道を学ぶことができる。 その後、あなたは自分自身が、真正の、善…

パオ・セヤドー講述「顕正法蔵」(翻訳文)5-66

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> (七)心がすでに正しい行道(進むべき道)に進んでいて、不軟弱、不動揺、不沮喪であり、かつ、禅の修行が順調に進んでいて、軽安の道に進入している時、当該の心に対して、彼は策励も、抑制もすることなく、ま…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-2

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 多くの修行者は、よくこのような質問をする: 「私は多くの先生から学んだ方がよいのか、それとも、ただ一人の先生から学んだ方がいいのか?」 その答えは: 「初心の修行者は、優秀な、一人の先生につくのがよい…

☆「掌中の葉」(翻訳文)3-1

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 第三章 教師と学生 良い師の特徴 業処を(+決定して)与える善友(良い師)とは: 親切認真可敬者 (親身で、まじめで、尊敬できる人)、 講説温和言語者 (話すときは、言葉が温和な人)、 能做深奥談論者 (奥…

是誰庵のひとやすみ~覓食難(mi・shi・nan)

中国語の仏教書を翻訳していて、よく「覓食難(mi・shi・nan)」という言葉に出くわします。 輪廻から解脱したいと願う理由は、基本的には四聖諦で決まりですが、凡夫としての具体的実感として、この「覓食難」は言いえて妙だと思います。 その直接的な意味は…

是誰庵のひとやすみ~同窓会の写真

先日、6月の中旬、神戸に行ってきました。 小中一貫校の同窓会があったので。 神戸のインターナショナル・スクール(華僑系)の一貫校ですから少人数制で、そのため、三クラスの全員が顔見知り、全員幼馴染み、ということになりますが、実は、もう本当に長い…

☆「掌中の葉」(翻訳文)2-44

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> そして、更に重要な事は、良い教師なら、あなたが最終的に、真正なる定を獲得することができるように、あなたに対して、正しい心構えでもって定の要因(定の修習)を育成するべきであることを、教えるであろう。 …

☆「掌中の葉」(翻訳文)2-43

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 上記の、《増支部》の中の経文と、《清浄道論》の補足から、我々は、以下のような、非常に重要な結論を、得ることができる: (一)定の修習において、最も基本的な要素とは、煩悩のない心であり、その他の基本的…

パオ・セヤドー講述「顕正法蔵」(翻訳文)5-65

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> ここにおいて、(一)と(二)のこの二項目は、以前に説明した解釈によって、理解する。 (三)は、安般念禅相または遍相か、または何かの禅の目標を獲得することに優れている事。 (四)は、精進など等が過剰す…

☆「掌中の葉」(翻訳文)2-42

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 我々が「定の修習において、如何にして更に一歩進んで放下の原則を運用するのか」に関して討論する前に、我々は、先に、定の修習における要素について、話し合ってみたいと思う。 (一)この世間において、一因が…

☆「掌中の葉」(翻訳文)2-41

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 定の修習において如何にして更に一歩進んで放下(=手放す)の法則を運用するのか? 【引証】順生(=流れに沿って正しく生きる)の因と縁を具備すれば、定はすなわち自然に生起するーー《増支部・11法集・第2経…

是誰庵のひとやすみ~無常&無情

昨日、近所の知人から電話があり「明日、大学病院に行かなければならないけれど、一時間に一本しかないバスに合わせていると、受付に遅れてしまう」「あなたのパジェロで送って貰えないでしょうか?」と、遠慮がちに、頼まれました。 この週末は急ぎの用事も…

是誰庵のひとやすみ~燃えろ!ホンマ君

先日、アマ〇ンで注文して、ホンマ君をご購入。 アマゾンは、葬儀や法事に、僧侶を派遣するようになったけど、ホンマ君派遣してもらって、何してもらうの・・・? いえいえ、ホンマ君は、便利屋の青年でなくて、ホンマ〇作所の<レジャーカマド>という、室…

☆「掌中の葉」(翻訳文)2-40

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 4、修行において、我々は、事物を蓄積したりしてはならないし、事物に執着する心を、蓄積してもならない。 そして、事物を放下し、負担(=背負っているもの)を放下するのを喜ぶ心を、育成しなければならない。…

☆「掌中の葉」(翻訳文)2-39

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> この点に関して、私は梵種長老(Ajahn Brahmavamso)が著した≪修行の基本的方法≫≪The Basic Method of Meditation≫を、紹介したいと思う。 当該の書物の中で、彼は「放下」の方法について、絶妙な解説をしており…

☆「掌中の葉」(翻訳文)2-38

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> しかしながら、このように修行を進めていったとして、彼らは往々にして、邪定を得ることになってしまう。 彼らが、正しい道を歩んで正定を得る前、彼らはすでに、それなりの時間を費やして、邪定を育成しており、…

☆「掌中の葉」(翻訳文)2-37

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 定の修習における最も重要な法則 定の修習における最も重要な法則とは何か? 「聖弟子は、放下(=手放す事)を目標として、心における、一境への専注を得る。」《相応部・根相応・第9経》 上記の経文から、定の…

パオ・セヤドー講述「顕正法蔵」(翻訳文)5-64

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 8-6-5-2 定覚支を生起させる事の出来る11種類の方法 定覚支を生起させる事の出来る11種類の方法は、以下の通り: 1、依所(=住まい)を清潔にする。 2、五根をバランスする。 3、取相(すなわち、禅の修行の…

パオ・セヤドー講述「顕正法蔵」(翻訳文)5-63

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 8-6-5-1 軽安を生起させることのできる7種類の方法 これ以外に、軽安を生起させることのできる7種類の方法がある。 1、良い食べ物。 2、心地よい気候の場所に住む。 3、リラックスした姿勢を保つ。 4、中道…

☆「掌中の葉」(翻訳文)2-36

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 少しばかりの覚知(=自覚)があれば、我々は、我々の心内の評論は「私」や「私の」を巡ってグルグル回っていることが分かる。 我々は、己自身について、煩わしさを感じるようになり、この内心のラジオを止めて、…