Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。 コメント欄はどなたも利用OKですが、リトリートに入っている時は回答致しません。

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」10-22(327/430)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> この点に関して、私は跋提尊者(Bhaddiya Thera)を例に挙げたいと思う: 彼女の母親は迦里果達(kaligodha)であり、釈迦族の地位の崇高なる女性であった。 跋提尊者は比丘たちの中で、出身が一番高貴な大弟子で…

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」10-21(325/430)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 回答11 「ここにおいて、男性または女性がいて、驕慢であり、過度に慢心であって、 礼拝するべき人に礼拝せず、 立ち上がって敬礼するべき人に、立ち上がって敬礼せず、 座席を譲るべき人に、座席を譲らず、 道を…

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」10-20(322/430)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> この点に関して、西瓦利尊者(Sīvalī Thera)が良い例である; 勝蓮華仏の時代、彼は、勝蓮華仏の弟子善見比丘(Bhikkhu Sudassana)の様な、受供(=供養を受ける事)第一の弟子になりたい、と発願した。 この心…

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」10-19(320/430)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 「ここにおいて、学生よ。 男性または女性がいて、食物、水、衣服、馬車、花輪、お香、油膏、ベッド、住居、灯明を沙門または婆羅門に布施をしない。 この様な行為を履行し、実践するが故に、身体が壊滅した後、…

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」10-18(318/430)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 回答八 私は一つの例を挙げたいと思う、優楼頻螺迦葉(Ven. Uruvela Kassapa)が、非常によい例である: 勝蓮華仏の時代、彼は一人の在家居士であった。 ある日、彼は勝蓮華物が獅子音比丘(Sīhaghosa)を、従者…

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」10-17(315/430)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 回答七 「ここにおいて、学生よ。 男性または女性がいて心の中に嫉妬(+心)を抱え、他人が獲得した供養、名誉、重視、礼拝、尊敬などに嫉妬を感じ、憤慨し、嫉妬の心を、心に満たしている。 この様な行為を履行…

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」10-16(313/430)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> しかしながら、彼の業は、強くて力のある慈心ジャーナに囲まれていた。 なぜ、彼の慈心ジャーナは、それほど強くて力があるのか? というのも、彼は特に、慈心ジャーナの修行に重きをおいていたのが、一つの要素…

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」10-15(312/430)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 当時の難陀の戒行は清浄で、それは輝く宝玉の様にであり、また、八定と五神通が伴っていた; 供養する前、供養の時、供養の後、彼は常に仏法僧の三宝に対して、清らかな信心(=信頼の心)があった; 彼は業には大…

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」10‐14(310/430)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> ここにおいて、私は須菩提尊者(Ven. Subbūti)の物語を、語りたいと思う: 勝蓮華仏の時代、彼は、ある裕福な家庭に生まれ、名を難陀(Nanda)と言った。 後に出家して隠士となり、四万四千人の隠士の首領となっ…

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」10‐13(310/430)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 回答五 「ここにおいて、学生よ。 男性または女性がいて、憤恨(=憤怒と怨恨)と悩怒(悩み怒り)し易い性格を持ち、少しばかりの批評であっても、彼は憤怒し、怒り、敵意を持ち、憤慨し、憤恨、瞋恚、不満を顕す…

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」10-12(308/430)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 我々のゴータマ仏(Gotama Buddha)が世間に出現する前、両家尊者は憍賞弥(Kosambī)の一軒の長者の家に生まれた。 彼の保母が、ヤムナ河で、彼を沐浴させている時、彼は水の中に落ちて、一匹の大きな魚の腹の中…

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」10-11(307/430)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 回答四 「しかしながら、学生よ。 男性または女性が、手、土くれ、こん棒または刃物でもって衆生を傷つけない時、この種の行為を履行し、従事するが故に、身体が壊滅して、命尽きた後、彼は楽趣、ないし天界に生…

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」10-10(304/430)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 回答三 「ここにおいて、学生よ。 男性と女性がいて、手、土くれ、こん棒または刃物で衆生を傷害するとする。 この様な行為を履行し、従事するが故に、身体が壊滅し、命終える時、彼は苦界、悪趣、堕処、地獄に生…

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」10-9(302/430)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 回答二 「しかしながら、学生よ。 ここに男性または女性がいて、殺生を捨棄し、殺生を禁絶し、こん棒または武器を放擲し、心は温和で仁慈であり、一種類の衆生において慈悲に安住する。 この様な行為の履行と従事…

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」10‐8(301/430)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 1、回答一 「ここにおいて、学生よ。 男性または女性が衆生を殺害し、性情が凶暴で、両の手は血まみれで、殴打や暴力に従事し、衆生に対して残酷である(+とする)。 この様に行為を履行し、かつ従事するが故に…

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」10-7(299/430)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 上に述べた四種類の業の中において、「重業」は最も優先的に熟するが、これが、なぜ重業と呼ばれるのかという、理由である。 いままさに熟せんとする重業がない時、最も慣習的な業が優先的に熟する。もしまさに熟…

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」10-6(297/430)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 業のもう一つ別の四種類の分類方法は以下の通りである: 重業(garuka-khamma)、 慣習業(āciṇṇa-kmma)、 近業(āsanna-kmma)、 已作業(katattā-kamma)。 「重業」(garuka-kamma)は、非常に人に譴責される…

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」10-5(295/430)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 更に明確に理解を進めるために、私は仏陀の時代に発生した一つの物語を語りたいと思う。 富楼那(Puṇṇa)は、優多羅難陀母(Uttarā-Nandamātā)の父親である。彼は王舎城の貧乏人で、富豪の須摩那(Sumana)に雇…

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」10-4(294/430)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 業は、四種類に分類することができる、すなわち、 現法受業(diṭṭhadhamma-vedaniya kamma)、 次生受業(upapajja-vedaniya kamma)、 後後受業(aparapariya-vedaniya kamma)、 既有業(ahosi kamma)である。…

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」10-3(292/430)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 《中部》(Majjhima Nīkāya)の中において、《小業分別經》(Cūḷakammavibhaṅga)という名の經がある。 私は、この經に基づいて、業と果に関しての説明をしてみたいと思う。 ある時、世尊は舎衛城のジェータ林給…

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」10-2(290/430)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 仏陀は続けて開示して言う: 「比丘たちよ。 あなた方は『行図』と呼ばれる図書を見たことがありますか? 「見たことがあります、世尊。」 「比丘たちよ。 『行図』と呼ばれる図書は、色々な内容がありますが、そ…

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」10-1(288/430)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> Ⅶ 皮帯(=皮ベルト、皮の首輪、以下同様)束縛經(二) (Gaddulabaddha Sutta 2) 私はこの様に聞きました。 ある時、世尊が舎衛城に留まっていた時の事。 世尊は比丘たちに以下の様に話した: 「比丘たちよ。…

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」9-2(286/430)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> ここにおいて、仏陀は20種類の薩迦耶見(sakkāyadiṭṭhi、身見)すなわち、ある個体(=個人)が存在していると考える邪見を解説した。 私は、この20種類の薩迦耶見について解説したいと思う。 色蘊に関しては、四…

般若の独り言~翻訳の終点

パオ Sayadaw 著「顕正法蔵」の拙訳を、お読み頂きまして、ありがとうございます。 「顕正法蔵」の翻訳は、あと残す所、実質、130頁程になりました(各種の表は<菩提樹文庫>管理人様に制作して頂く事になっています)。 後一か月か二か月程で、終了します…

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」9-1(283/430)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> Ⅵ 皮帯(=革ベルト、皮の首輪、以下同様)束縛經(一) (Gaddulabaddha Sutta 1) 《皮帯束縛經》は、二部存在している。この二部とも、我々は研究したいと思う。 第一部の《皮帯束縛經》の經文は、以下の様に…

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」8‐2(279/430)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 2 跋提迦尊者(Bhaddiya Thera) 跋提迦は、カピラバットゥの婆羅門の家の子であって、我々の菩薩が生まれた時、跋提迦の父親が、菩薩の為に面相を占った八人の婆羅門の内の一人であった。 当時、彼の父親はすで…

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」8-1(276/430)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> Ⅴ 五比丘(Pañcavaggiyā) ここにおいて、みなさんに《転法輪経》と《無我相經》の中において言及された所の五比丘を紹介したいと思う。 彼らは、かつて、過去生において波羅蜜を累積した。 まず私は、憍陳如尊者…

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」7-7(272/430)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 「沙門ゴータマの弟子は、どの様にして、彼の教えを履行し、彼の勧告に従い、導師の教法の中で懐疑を超越し、困惑を避け離れ、堅信を獲得し、他人に依存しないでいられるのか?」 「ここにおいて、火吠舎よ。 如…

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」7‐6(268/430)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 仏陀がこの様な比喩を述べる含意は何であろうか? 識(viññāṇa)の特徴は、目標(所縁)を認識する事である。 もし、識を、人を騙す、人をして邪見を起させるという観点から見ると、識は、魔術と同じである。 た…

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」7-5(267/430)

<Idaṃ me puññaṃ nibānassa paccayo hotu> 仏陀は、この様な比喩でもって何を説明しようとしているのであろうか? ちょうど、芭蕉樹がの幹が、多くの層の鞘の合成体であて、それぞれの層には、それぞれの特徴がある様に; 行蘊(saṅkharakkhandha)もまた…