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wong0110's diary

中国語で書かれた仏教書を日本語に翻訳して公開。+日常の心模様の独り言。

★「目の中の塵」(翻訳文)1-12

ある種の人々にとっては、困難を覚える中で、必要なのは励ましと支援であり、ある種の人々にとって必要なのは、安静と反省である。 どのようであろうとも、我々はその中に、一貫して、心の汚染を消滅させる必要性であることを発見する。 結論を言えば、我々…

★「目の中の塵」(翻訳文)1-11

仏陀はチャンナを黙擯したが、それは、彼が、これよりほかに、チャンナを調伏する方法がないことを、知っていたからである。また、そのほかには、その他のサンガの僧侶たちが、これ以上、精神的苦痛を受けないように、保護する必要もあったのである。 故に、…

★「目の中の塵」(翻訳文)1-9

ある時、ある一人の比丘の行為があまりにもひどくて、仏陀は森に入り、言った: 「私は、私の知っているすべての教えを、私の弟子に伝えた。しかし、ある種の弟子は、それを受け入れない。」 そして、物語は以下のように続く: 仏陀は森の中で閉門蟄居し、彼…

★「目の中の塵」(翻訳文)1-8

もし我々が普通の人間であるならば、悪を恐れなければならないし、悪を恐れれば恐れるほど、誘惑されなくなるであろう。 しかし、これは我々が、他人、教師、法またはすべての善なる物事を恐れなければならない、という事ではない。 我々が唯一恐れなくては…

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」(翻訳文)~5-11

8-4-2 息が微細になった時 禅相がもうすぐ出現するかと思われる頃、多くの禅修行者は、困難に出会う。多くの修行者は、息が非常に微細に変化し、息が、はっきりしなくなることに、気が付く。 他の禅修行における業処は、レベルが上がれば上がるほど明確にな…

是誰庵のひとやすみ~天国うまれ

先日、インターネット上で、SMAPの解散記事を読んでいたら、SMAPの〇〇が、どこそこの番組で「天国うまれ」を ギターで弾いた、という話が載っていました。 「天国うまれ」という名にひかれて、you tube で聞いてみた。 これがどうして、なかなか、良い。 三…

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」(翻訳文)~5-10

もし、呼吸がいまだ微細になっていないならば、あなたは「呼吸が微細になるように」という願いをもって、(+安般念を)実践するのがよい。 このような実践を通して、あなたの定力が向上する時、呼吸は微細なものへと変化する。 この時、あなたは、長い息、…

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」(翻訳文)~5-9

8-4-1 相続(anubandhanā) 相続とは、息を数える数息をやめた後、正念を不断に持続して、入息と出息に付いていくことをいう。 今一度、安般念でもって、定力を育成する四つの段階について、注意を払ってもらいたい。 1.長い息。 2.短い息。 3.全息。 4.…

是誰庵のひとやすみ~心を読む

「修行を重ねた老僧の前に行くと、自分の心が見透かされるみたいで、ちょっと怖い」な~~んて話、以前はよく聞いたものです(現代の僧侶はどうでしょうか?) 以前、台湾で聞いた話。 台北にある会社の社長さん、社長ですから社用車を持っていて、専属のお…

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」(翻訳文)~5-8

それは何か? 修行者が、いまだ出入息を知覚する前、彼の中において、「私は一回ごとの、比較的粗い身行、すなわち出入息を、徐々に静めよう」と思惟したり、専念したり、作意したり、観察したりすることはない。 しかしながら、彼がすでに出入息を覚知でき…

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」(翻訳文)~5-7

8-4 微息 彼は以下のように訓練する: 『私は(息の)身行を静めて息を吸う。』 彼は以下のように訓練する: 『私は(息の)身行を静めて息を吐く。』 上記の事を実践する為には、あなたは息を静めようと、決意しなければならない。 そして、その後に、同一…

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」(翻訳文)~5-6

8-3 息の全身(=全体) ある種の禅修行者にとって、禅相は、この段階で出現する可能性がある・・・もし、あなたが毎回の坐禅において、長時間、定力を保持できるならば。 しかし、もし、毎回の座禅の時に、長い、また短い息を、静かに、一時間ほど、専注す…

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」(翻訳文)~5-5

一回ごとの、入出息の時間の長短を覚知すると、あなたは、ある時は、入出息の時間が長く、ある時は、入出息の時間が、短いことが分かる。 この段階においては、あなたはただ単純に、あるがままに息を知っていればよい。もし、黙念したいのであれば、「入る、…

☆「掌中の葉」(翻訳文)1-8

第一章 定 定の基礎 住戒有慧人、修習心与慧、 有勤智比丘、彼当解此結。 《清浄道論、第一章・第一段》 今、我々は、一本の正道の上を、歩き始めようとしているーーそれは、心内の静けさと安らぎの道であり、すなわち、一般的に言われている所の「定」であ…

☆「掌中の葉」(翻訳文)1-7

【対象】 (+この書は)定と慧のレベルを高めたいと思う、すべての修行者ーー解脱道行者と菩薩道行者の両方を含む、を対象とする。 この本で語られているのは、原始仏教の止観であり、あなたは、密教の修行をしている人、または長年、北伝仏教の無上の法を…

☆「掌中の葉」(翻訳文)1-6

【本書の特徴】 ある種の人々は、長年、仏教とは何かを学び、大勢の、業績のある法師の教える法を聞いてはいるが、なぜか、いつも、心もとなく力不足で、そこから利益を受ける事がない。 またある種の人々は、苦しい修行にも耐え、初めは多少の成果もあった…

☆「掌中の葉」(翻訳文)1-5

菩薩道を行くそこのあなた・・・、 もし、あなたが、ただひたすら布施、持戒、忍辱・・・ を行うだけで、止観を実践・掌握しようとしないのであれば、その時、あなたは、真実の菩薩ではありえず、ただ、善心なる人、に過ぎない(+ことになる)。 ≪金剛経≫は…

☆「掌中の葉」(翻訳文)1-4

【解脱道と菩薩道行者】 では、なぜ、止観がこのように重要であるのか? 解脱道行者について言えば、止観の修行を通してしか、 修行者は、涅槃を証悟することができないからである。 ≪法句経≫第372偈に言う: 無慧者無定、無定者無慧、 兼具定与慧、彼実近涅…

是誰庵のひとやすみ~己の仕事(「目の中の塵」から)

昨日、ケーマ尼の「目の中の塵」を翻訳していましたら、<己自身は、己自身の仕事に忙しい、云々>という言葉に出会いました。 ここの部分は、私が手に入れた本書中国語版からの直訳ですが、その元となった、英語で書かれた英語版の文章には、<マイ・ビジネ…

★「目の中の塵」(翻訳文)1-7

これ以外に、誘惑も不断に発生する。 仏陀は最初、菩提樹の木の下に座っていた時、もうすぐ悟ろうかという、その少し前、誘惑という事象が発生した。 魔王の娘たちが、仏陀を誘惑して座禅から離れさせようとしたのである。 このような、すでに成就した聖者の…

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」(翻訳文)~5-4

8-2 長いと短い 上述のように息を数える時、あなたは、息に対して、心をして専注させることができ、静かに単純に息を覚知することができる。もし、このようにして、少なくとも半時間専注することができたならば、あなたは、次の段階に進まなければならない。…

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」(翻訳文)~5-3

8-1-5 息を数える時間はどれくらいか? では、息は、どれくらいの時間、数える必要があるのか? 心が、コントロールされなくとも、禅の修行の目標から離れないで、かつ、自然に、まったくの努力なしに、息に専注できる時に、数を数えるのをやめることができ…

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」(翻訳文)~5-2

任務(payoga)とは何か? この任務は、欠陥、諸々の蓋と、尋を取り除く。 初禅を証悟する時、すでに諸々の蓋は取り除かれており、第二禅では、尋が取り除かれている。 精進によって、心身を運用して、正精進が顕現した人は、欠陥、諸々の蓋、尋を取り除くこ…

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」(翻訳文)~5-1

8 安般念の修習方法 8-1 数息 (略) 8-1-1 穀物を数えるように息を数える (略) 8-1-2 放牧者のように息を数える (略) 8-1-3 注意点 上に言うように、かくの如く快速に息を数える時、禅修行の業処は、一つのはっきりとした、絶え間ない過程であることを…

是誰庵のひとやすみ~マハーシ瞑想のラべリング

もう 20 年近く前に、緬甸の瞑想方法のひとつ、マハーシ瞑想の<ラべリング方式>というのを学びました。 たとえば、烏が<カー>と鳴いているのを聞いて「音」「音」「音」とラべリングする。 (烏の)鳴き声で嫌悪感を生じないよう、「これは音に過ぎない…

☆「掌中の葉」(翻訳文)1-3

この「掌中の葉」という<法>は、一体どういうものであろうか? この「掌中の葉」の<法>とは、四聖諦の事である。 ただ四聖諦のみが、正しく厭離、離貪、滅尽、寂静、勝智、正覚、涅槃へと導くことのできる<法>なのである。 世尊は、布施、持戒、生天、…

★「目の中の塵」(翻訳文)1-6

ある種の、多く人々にとっては、悪業、地獄などの(+概念でもって)恫喝し、彼らに善業をなすよう促す必要がある。 これはまさに、(+馬に)鞭を見せるようなものである。 これが仏陀がなぜ以下のように言ったのか、という 理由である: 「慙・愧と恐怖は、…

是誰庵のひとやすみ~春節の風

昨日1月28日は陰暦の正月(いわゆる旧正月)、 春節の始まりでした。 その春節の日に、タイから電話がありました 「サヤレー!春節おめでとう!」 アーチャン・チャーの森林寺院にいる兄弟子 からです。 そして、彼は言います「サヤレー、最近、タイ人も緬甸…

★「目の中の塵」(翻訳文)1-5

みなさんも、皆、第一番目の弟子になって、ただ一度教えたら、心内において、真理を悟る人間になって頂きたいーーこのような弟子は、非常に少ない(+けれども)。しかし、ある種の人々は、己自身の為すべき事柄に対して、非常に簡単に理解することができる…

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」(翻訳文)~4-50

これはちょうど、一人の人間が、山の上から駆け下りてきて、頭に乗せてあった重い荷物を降ろした後、背筋を伸ばして立っている時の様に、彼の呼吸は粗くてはっきりしていて、鼻から呼吸するだけでは足りず、口でも呼吸するのに、似ている。 しかし、彼が疲れ…

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」(翻訳文)~4-50

7-7 身の行を静める 次は、安般念の第四の段階の説明である。 仏陀は開示して言う: 「彼は以下のように訓練する: 『私は(息の)身の行を静めながら、息を吸う。』 彼は以下のように訓練する: 『私は(息の)身の行を静めながら、息を吐く』。」 その意味…

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」(翻訳文)~4-49

7-6-2 現在形と未来形 ある段階において、彼は、長い息と短い息を覚知しなければならない。その時、完璧に、他の事柄に気をとられてはならない。 ただひたすら、このように実践した後にはじめて、彼は、智、定と戒を惹起するよう、努力しなければならない。 …

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」(翻訳文)~4-47

入息と出息の始まり、途中と最後は、<息の全体>と呼ばれる。 その意味は、禅の修行者は、それらが何であるかを知らなければならないし、それらを覚知しなければならないし、また、正念を鼻先から離して、息に付いていって、身体の内部に入ったり、身体の外…

★「目の中の塵」(翻訳文)1-4

反対に、我々は、教えが存在していることに感謝しなければならないし、またそのほかに、法について解説してくれる教師に、心からの感謝をささげなければならない、我々は、この機会を十分に活用するのでなければ、殺されてしまうのだから。 もし、今、学ばな…

☆「掌中の葉」(翻訳文)1-2

世尊はなぜ、弟子たちに対して、「掌中の葉」ほどの、非常に少ない法しか、説明しないのか? それは、「掌中の葉」の法は、利益があり、梵行の基礎と関連しており、厭離、離貪、滅尽、寂静、勝智(=優れた智慧)、正覚、涅槃に導くが故に・・・、仏陀のその…

☆「掌中の葉」(翻訳文)1-1

序説 ある時、世尊は僑賞彌(=コーサンビー)の黄檀の森にいました。その時世尊は、黄檀の木の葉を何枚か掌に乗せて、比丘たちに聞きました: 「比丘たちよ。あなた方は、どう思いますか?私が拾って、手の中に置いた、この何枚かの黄檀の葉っぱの方が多い…

是誰庵のひとやすみ~瞑想は万能か?

先日、『悟らなくたって、いいじゃないか』(タイの プラ・ユキ師と魚川氏の対話)という本が出版された、 と聞きました。 さっそく図書館に申し込みをしましたが、手元に届くには、もう暫く時間がかかるそうです。 聞き及んだところによると、プラ・ユキ師…

★「目の中の塵」(翻訳文)1-3

仏陀は答えて言う: 「私が弟子を殺すと言う意味は、私は彼ら(彼女たち)を、それ以上教えない、という事を意味します。というのも、「法」の角度から言うと、我々は、この種の弟子は、すでに死んでいるのです!それが故に、私は彼らを殺す、とあえて言うの…

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」(翻訳文)~4-46

心は途中、真ん中:(+心は)心臓の近く、その上にあるので、<途中><真ん中>(+と言う)。 鼻の先端は最後:鼻孔の場所は最後:これは「入息と出息」という、この一般的な語彙の運用に限界がある(+ので、こう表現するよりほかない)。というのも、そ…

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」(翻訳文)~4-45

へそをもって、始まりであると言うのは、その起点を言うのであって、それの始まる、時間を言うのではない。 というのも、実際、息を構成する微小粒子の生起は、へそから、鼻の先端までの息全体において、生じているからである; それらがどこで生起しようと…

★「目の中の塵」(翻訳文)1-2

仏陀は言う: 「私は、私の弟子たちにも、同じ方法を使います。」 凱希は、非常に驚いて、尋ねた: 「あなた様は、沙門であり、仏陀であり、覚者であり、隠者であるのに、弟子があなた様の指導に従わないという理由で、彼らを殺してしまうのですか?」 仏陀…

★「目の中の塵」(翻訳文)1-1

第一章 調教師 仏陀の時代に、ある一人の有名な馬の調教師がいて、名を凱希と言った。 ある日、彼は仏陀に言った。 彼が馬を調教する時、四種類の異なる調教の方式がある。 第一番目は、馬に(+教えたい内容を)ただ告げるだけで、その後、足を使って命令す…

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」(翻訳文)~4-44

7-6-1 始まり、中間と最後 へそは、外に向かって流れる気の始まりであり、心はその中間で、鼻先は、最後に当たる。 鼻先は、内に向かって流れる気の始まりであり、心はその中間で、へそは最後に当たる。 もし、彼がこのように(+息に)付き従うならば、彼の…

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」(翻訳文)~4-43

ある種の比丘の、入息または出息は、始まりの段階では非常に明確だが、途中と最後が不明確で、彼はただ、最初の始まりの息だけを、はっきりと覚知し、専注することができ、途中と最後の息を覚知したり、専注したりすることができない。 また別の比丘(二番目…

是誰庵のひとやすみ~ケーマ尼著書の翻訳開始

明日から、アヤ・ケーマ尼の「目の中の塵」(原題『眼中微塵』)の翻訳を始めます。 ケーマ尼はユダヤ人で、アーチャン・チャーのお弟子さんです。 アーチャン・チャーの法話は、その時その時の対機説法なので、要点がよく分からない時があります。 それを、…

「南伝仏教キホンのキ」(翻訳文)5-14(最終回)

”万事起頭難(何事も最初が難しい)”。 訓練を始めたばかりの頃、自分にとって、心を調伏するのは無理だ、などという心配をする必要はない。 というのも、ほとんどの人が誰でも、このような段階を踏んで、進まなければならないからである。 修行を実践するの…

「南伝仏教キホンのキ」(翻訳文)5-13

我々が、業果の法則を理解し、認めるならば、この種の規則性を、遵守するべきである。 もし、更なる美しい未来を望むのであるならば、身口意における悪業を為してはならず、身口意における善業をなして、未来を変革するべきである。 言い換えれば:人生の浮…

「南伝仏教キホンのキ」(翻訳文)5-12

一切の行為は、みな心から始まる。生命の活動もまた同じである。 先に心が生じて(動機)、次に身体の行動と、言語表現が生まれる。 言い換えれば、身・口・意の三業の内、意業が最も重要である、ということである。 意業による主導的な作用があって、はじめ…

「南伝仏教キホンのキ」(翻訳文)5-11

第四節 調心の意義 仏陀は《法句・双品》の中で言う: ”諸法意先行、意主意生成; 若以邪悪意、或説或行動、 由此苦随他、如輪随獣足。 諸法意先行、意主意生成; 若以清浄意、或説或行動、 由此楽随他、如影随於形。” (+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。…

「南伝仏教キホンのキ」(翻訳文)5-10

たとえば、あなたが誰かの言動に対して怒っているとして、それは、あなたが、その人の言動を気にしているからであって、その時、あなたの心は、その人の言動の罠にかかっているのである。もし、あなたが、あなたの心を、彼の言動から引き離し、己自身の心を…