2014-07-13 是誰庵日記>わがままなヴァイオリン 雑談 先日、図書館で楽譜本を借りてきてから、ヴァイオリン、 以前より色々な曲を弾けるようになりました。運指が簡単 な曲(北国の春、星影のワルツ等)、反対に、簡単そうにみえる 童謡でも、いやに運指が難しいヤツ(これ敬遠~笑)などがあって、 おもしろい。 最近思うのだけれど、ヴァイオリンにも機嫌のよい日と悪い日が あるのではないか?という事。 とても簡単な曲なのに、綺麗に響いてくれなくて、「もう今日は ヤメ!」となる日もあれば、難しい曲でも(運指は下手ながら)音 がとてもきれいに響く日、。 こんな日は、ヴァイオリンも機縁がいいに違いない(今朝弾いた <コンドルは飛んでいく>は、綺麗に響いて、大空を舞うコンドル になれたよ)。 歌謡曲、特に昭和の時代の歌謡曲で、メロディーのいいのがあり ますが、どうも恋愛の歌詞のついているのは<飽きます>ね。 やはり何かが足りない、なんだか浅い感じ。 別にクラシック党という訳ではないけれど、時代を超えて残った曲 と言うのは、その曲が訴えている事柄に、普遍性があるのでしょう (歌詞がない分、自由に想像できるし・・・)。 そういうと、日本の<謡曲>というのも、時代を超えて残っていて、 私は、謡曲、全然飽きない、ですね。 文言と節回しが異常なほど(笑)絶妙に、しっくりマッチしていて、 人間の潜在意識に訴えかけ、心の琴線に触れる。こういうタイプの 芸術は<永遠に不滅>ですね。観阿弥・世阿弥親子は天才だと思います。 わがままなヴァイオリンに振り回されている、わがままなヴァイオリン の持ち主の、わがままな意見、でした(苦)。