Sayalay's Dhamma book

長年、当ブログにおいて逐次公開しましたテーラワーダ系仏教書翻訳文は、<菩提樹文庫>にてPDF版として、正式に公開されています。<菩提樹文庫>WEBをご閲覧下さい。

是誰庵仏教談義>嫉妬心

先日、温水プールに行った時、こんな事がありました。

私には息子が二人、孫が一人います。

主婦が何人か集まって嫁の話になり、私は「おとなしい息子に、嫁が来てくれただけでありがたいので、もし欠点があるとしても、見ないようにしている」と言いました。

そこへ、一人息子に夭逝された主婦が来て「お嫁さんを貰うと色々と、嫁姑問題で大変だから、ウチは息子が夭逝してよかったわ」と言いました。

この人、一種のつよがりでこう言ったのでしょう。

でも、なんだか変ですよね。

まず先に、私は、人の幸せを素直に祝福してあげられる人になりたい。

そう思いませんか?

子供がいて、結婚して、孫が出来た。普通に考えて、おめでたい事です。

こういう時は、四の五の言わずに、まず、相手への祝福です。

子供がいるからといって幸せとは限らない、結婚したからといって幸せとは限らない・・・、っていうのは哲学的な真理ではありますが、あの場面では、そこは胸にしまっておくべきだったでしょうね。

私は昔、瞑想センターで 10日間 の瞑想合宿に参加した時、先生がこういいました「瞑想の上手な人に嫉妬してはいけない。瞑想の上手な人がいたら<〇〇さん、頑張って。悟りを開いたら、後ろを振り返って私を助けてくださいね>とお願いしておきなさい」と。

それから以降、私は、私より優れている人(金銭的、学歴、知識などすべてに)に対する嫉妬心がきれいさっぱりなくなってしまいました。

嫉妬しない心は、誠に爽やかで、楽しいものです。

子供に夭逝された主婦の、くやしい気持ちも分からなくはありませんが、やはり嫉妬心は、自分も他人も傷つけるのだという事を、肝に銘じておいた方いいと思います。

追補:誤解のないように申し添えますが、私は結婚・出産・家庭至上主義者ではありません。結婚したらしたで苦労も多く、子を産んでも苦労が絶えない。こういう事(俗世の雑事)に巻き込まれずに、一生修行が出来ればいいのにとも思い、子供が大きくなった今、出家の準備をしているくらいですから(笑)。