Sayalay's Dhamma book

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是誰庵仏教談義~31>原始仏教と初期大乗の関係

今、宮元啓一先生の「般若心経とは何か」を読んでいます。二回目です。一回目には気が付かなかった事がたくさん、ああ、なるほど、と合点が行きました。

ゴータマ仏陀の教えは、基本的にはアーガマ(とかニカーヤとか。文献学知らないので、誤記はご容赦を)に収録されています。アーガマも、すべてがゴータマ仏陀の金口ではないでしょうが、現代ではこれが、一番古層のお経と認定されているので、一応これを原始仏教または初期仏教といっています。

で、原始仏教では、仏陀の教えは戒律(学処)・禅定・智慧の<三学>と言われます。簡単に言えば、戒律を守って心に(粗雑な)憂いや怒りをなくし、(ある程度)清らかになった心で禅定に入る修行をし、定力が強くなった時点で、禅定に入って、自分も他人も、宇宙の現象もすべて、無常・苦・無我である事を知って、自分の生き方の方向性を決める智慧を得る、という事です。

所が、ゴータマ仏陀涅槃の後、インドの仏教徒の中に、辛気臭い禅定の修行より、<誓いを守れば希望が成就する>という請願成就型の信仰が起こり(インド人は信仰が好き?)、それが初期大乗運動へと発展しました。

初期大乗の重要な経典「般若(心)経」というのは、請願(=誓戒)を守れば(守り通せば)、やがては仏陀になることができる、という<信仰運動の宣言書>であって、ゴータマ仏陀の教えた<三学>とは全然関係がないのだ、とは宮元先生の、説。

なるほど・・・、だから般若心経にはゴータマ仏陀が反対したマントラ~ギャーティギャーティ~が入っているのですね(ゴータマ仏陀も、蛇避けのマントラとか教えているので、マントラを100%反対したわけでもないようですが・・・、蛇避けのマントラは、当時のインド人の心情を考慮したためでしょうか)。

そして竜樹が出てきて、ゴータマ仏陀の教えとは完全に断絶しているこの初期大乗運動を、無理やり<ゴータマ仏陀の教え>として、<空>を哲学的に強調した為、元々<請願成就の信仰運動>だったものが、わけの分からない哲学的なものになってしまい、仏教自体が、衰退していった・・・と(13世紀、インドの仏教は全滅し、それ以前に周辺国に伝わっていた仏教は、その国々、その時々の、民族信仰と合体しながら、チベット、モンゴル、中国、朝鮮、日本へと伝わったのでしょう~北伝仏教。スリランカミャンマー、タイへ伝わった南伝仏教アーガマ死守で、信仰運動ではありません)。

初期仏教(三学)が好きな私が、大乗仏教に全然魅力を感じないのは、私の大乗への理解力が足りないからなのではなくて、それが<請願成就の信仰型運動だから>だったのですね・・・安心しました(笑)。

後、 P116 に、<ゴータマ仏陀の非我説>の解説がされていて、我が意を得たり。

宮元先生、仏教学者ではなくて、インド哲学研究者ですが、グッドジョブ!!

追補:以前、東京の東本願寺で先生にお会いした事があります。小柄で優しそうな方でした。その時の法話は「自分探しをするな」「自分はあるけど見つからないから」。これがゴータマ仏陀の非我説です。詳細はまた。