先日、タイからお客様が見えて、一日、接待させて頂きました。
その時、ご一行の中のお一方(比丘)とお話していて、彼が「我々は誰でも心に他者へ恨み心を持っているけれども、それは実は母親への恨みである」と言いました。
私は「それは心理学では投影といいます」と答えました。
人間の赤ちゃんは全員、未熟児で生まれます。そして、3年かまたは6年ほど(または成人して独り立ちするまで)、両親、とくに母親の手によって育てられます。
子宮の中でまどろんでいた赤ちゃんは、狭い産道を通って、見慣れぬ社会に産み落とされて、母親におっぱいを飲ませてもらいながら、色々な事を学んでいくわけですが、勿論、子宮の中でまどろんでいた、あの至福の時はもう帰っては来ません。
で、目の前の、自分の世話をやいてくれる、自分から見て巨人のようにみえるおかぁさん、おとうさんが、ある種の鬼女、鬼男にみえて、同時に恐れの心も生まれるであろう、という訳です。
しかし、赤ちゃんには赤ちゃんの智慧があって、お世話してくれる母親(と父親)を恐れ憎んでは、同じファミリーの一員にはなれない事を知っていて、この「母親への憎しみの心」はそっと潜在意識の中にしまわれて、なかったことにしてしまいます。
しかし、一度生まれた恨みの心は、なかった事にする事は出来ないので(カルマの法則)、少し大きくなると、何かの拍子に潜在意識の中から、ひょいひょいと顔を出してきます。
そして例えば、母親は大好きだけど、隣のおばさん嫌いとか、学校の女先生が嫌い、とか、そういう風に言うようになります。
この種の心理的なすり替えが<投影>と呼ばれます。
心のこのシステムに気が付かなければ、私たちはいつまでたっても、怒りや嫌悪の感情から解放される事がないのです。
仏教ではよく「怒ってはいけない」と言いますが、そんな呪文で怒りがなくなるなら、世の中の戦争は、もうとっくに無くなっているでしょう。
そうではなくて、我々は怒りを生み出す(自分の)心のカラクリに注意を払い、他者への誤った投影を止める、という事を実践しなければなりません。
心のカラクリ、心の癖を見破って、他者への投影を止めたとき初めて、我々は自分が自分にかけた魔法、呪縛から自由になる事ができるのです。