Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。

<パオ・セヤドー問答集~013>問答(三)問3-2>全文

 #013-150708

問3-2:近行定と安止定の間には、どのような違いがありますか?

答3-2:似相が出てきた時、定力は非常に強い。しかしながら、近行定の段階では、禅支はいまだ完全には発達していないので、近行定の中で有分心(bhavaṅga)はなおも生起し、修行者は有分(心)に落ちる可能性があります。この境界を経験した修行者は、一切が停止したと言うか、又は、これこそが涅槃だと言います。そして「その時私は、何一つ知る事がなかった」と言います。もし、修行者がこのような形で修行し続けるならば、彼は非常に長い時間、有分の中に留まる事が可能になります。

良いか悪いかにかかわらず、どのような修行法であっても、修行者が再三再四努力し、チャンレンジするならば、彼は、最後には目的に到達するでしょう。いわゆる「石の上にも三年」という訳です。上記のような状況もまた同じ事で、もし何度もチャレンジするならば、同様に、彼は有分に非常に長い時間落ちている事ができるようになります。どうして彼は自分が何一つ知らないと言うのでしょうか?有分の対象とは、前世の臨死の対象であるからです。その対象は、業かもしれないし、業相(kamma-nimitta)または趣相(gati-nimitta 生まれ変わる先の生の象徴)かもしれない。しかし、修行者は、有分がこの三種類の対象の中の一種類を縁としている事を知らないのです。というのも、彼は未だ縁起の法を判別できていないからです。ただ、縁起の法を識別できるようになってから後にのみ、有分がこの三種類の中の一種類を縁としている事を見ることができるのです。

もし修行者が有分をして涅槃と思うならば、この信念は、涅槃へ向かう道を妨害する「巨石」となります。もしこの巨石を除去できないならば、彼は真正の涅槃を証する事はできません。どうしてこのような信念が生まれるのでしょうか?多くの修行者は、仏陀の弟子(sāvaka)は、仏の教えた名色法を理解できないと考えています。この種の信念の為に、彼らは仏陀の教えた名色法とその因縁を識別する事にチャレンジしようとしないし、かつ、十分に深い禅定を育成する事は必要でない、と考えているのです。そのような状況の下、定力がまだとても弱い時、禅支も非常に薄弱であり、有分心は依然として生起し、定力を長く維持する事ができないのです。もし修行者が、故意に有分に落ちるような修行をしたなら、彼は目的を達成する事はできますが、しかし、それは涅槃ではありません。涅槃に到達したいのであれば、彼は一歩一歩段階的に、七清浄を修行する必要があります。もし究竟名法、究竟色法及びその他の因縁を了解して知る事がなければ、修行者は真正の涅槃を証悟する事はできません。

同様に、安般念の似相が生じた時、禅支がまだ十分に強固でない時、修行者の心は有分に落ちる事があります。それはちょうど、まだ自分一人では立っていられない幼子が歩き始めた頃、何度も転ぶのと同じです。同様の道理で、近行定の段階では、禅支はまだ十分に発達しておらず、故に有分心は依然として生起するので、修行者は有分に落ちる事がありますが、実際、それは涅槃ではありません。

有分に落ち込むのを避ける為に、また、更に一歩進んで禅定を育成するために、あなたは信(saddhā)、精進(vīriya)、念(sati)、定(samādhi)と慧(paññā)というこの五根の支援を受けて、自分の心を育て、心を安般念似相に固定するように(努力)する必要があります。あなたは、心が繰り返し、安般念の似相を確認しつづけるよう精進する必要があります;念をもって安般念の似相を忘れさせないようにするのです;そして、慧でもって安般念の似相を了解し、知る必要があるのです。

安止定の段階においては、禅支はすでに完全に発達しており、それは身体が健康で丈夫な大人が、一日中、まっすぐに立っていられるのと同じ事なのです。修行者について言えば、安般念の似相を対象にして、安止定の中に非常に長時間留まっていられて、かつ、有分に落ちる事はありません。この段階では、完全な専注が絶え間なく、一時間、二時間、三時間・・・と続きます。この時は、なんらの音も聞こえる事がなく、彼の心はその他の対象に赴く事はなく、彼はその他の一切の対象を認める事はない。(完)

<禅修問題与解答(パオ禅師等講述)>中国語版より訳出。  

(翻訳文責 Pañña-adhika sayalay)

 

初めてご来訪の方へ:15年1月緬甸(ミャンマー)から日本への帰路の途中、台湾に寄りました。パオ・セヤドーの著作を頂けると聞き、新北市の寺院を訪問して上記<禅修問題与解答(パオ禅師等講述)>(中国語版)を入手しました。<パオ・セヤドー問答集(仮題)>として、毎日又は隔日、一遍ずつ翻訳して掲載する予定です(出張時除く)。「智慧の光」「如実知見」の姉妹版として、パオ・メソッドに興味のある方のご参考になれば幸いです。