Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。 2018年8月10日の翻訳をもって翻訳ワークは終了しました。                     コメント欄は利用OKですが、リトリートに入っている時は回答しません。。

パオ・セヤドー問答集~#032、#033、#034>問答(四)問4-7、4-8、4-9(全文)

#032-150719

問4-7 仏陀は大阿羅漢です。それならば、仏陀とその他の、同じ阿羅漢である弟子、たとえばシャーリプトラ尊者とモッガラーナ尊者とは、どのような違いがありますか?

答4-7 仏陀の阿羅漢道は、必ず一切知智(sabbaññuta-ñāṇa)と相応しています。弟子の阿羅漢道はそれとは違います。弟子の阿羅漢道は、以下の智慧と相応します:上級弟子菩提25(aggasāvaka-bodhi)、又は大弟子菩提(mahāsāvaka-bodhi)、または普通弟子菩提(pakatisāvaka-bodhi);それらはある時は四無碍解智(paṭisambhida-ñāṇa)と相応します;ある時は六神通(abhiññā)と相応します;ある時は三明26と相応します;ある時は純粋に阿羅漢道のみ、という事もあります。しかし、決して一切知智(sabbaññuta-ñāṇa)と相応することはありません。例を上げて言うと、シャーリプトラ尊者とモッガラーナ尊者の阿羅漢道は一切知智とは相応しません;しかし、仏陀の阿羅漢道は、一切知智と相応するだけでなく、かつ、仏陀のすべての徳行及びその他の種類の智慧を具足しています。

そのほかに、彼らの成熟したハラミツによって、諸仏は皆自分で道、果と一切知智を証悟し、いかなる教師をも必要としません。しかし、弟子は、仏陀又は仏陀の弟子から四聖諦の法を聴聞した後でないと、道智と果智を証悟する事ができません。彼らは、教師の指導無くして独自で修行し、果を証する事ができないのです。これが違いです。(完)

#033-150719

問4-8 「中陰身」27(antara-bhava中有)とは何ですか?

答4-8 上座部の三蔵では、いわゆる中陰身(antara-bhava)はありません。今世の死亡心28(cuti-citta)と来世の結生心(paṭisandhi-citta)の間に、いかなる心識刹那または中陰身という種類の状態は存在しません。もし人が死亡して、天界に生まれ変わるときは、彼の今世の死亡心と天界の結生心の間にはいかなる心識も存在しないし、中陰身も存在しません。一たび死亡が発生するや否や、天界の結生心は即刻生起します。同様に、もし人が死後地獄へ行かねばならないとしたら、彼の今世の死亡心と地獄の結生心の間には、中陰身は存在せず、彼は死後、直接地獄に生まれ変わります。

中陰身の問題は通常、こういう事と関係があります:ある種の人々は、死後、鬼道(幽霊~訳者)に、非常に短時間生まれ、次にまた人道(人間世界)に生まれかわります。彼らは、鬼道にいた時の生命を中陰身だと思うのです。現実には、鬼道の生命は、中陰身ではありません。実際に発生している過程はこういう事です:今世の死亡心の後に、鬼道の結生心が生起し;鬼道の死亡心の後に、人道(人間世界)の結生心が生起します。過去の不善業により、彼らは鬼道で非常に短い時間、苦を受けます。その不善業の業力が尽きた時、もう一つの、成熟してまさに果報を結びつつある善業によって、人道(人間世界)での結生心が生起したのです。

故に、いまだ生死輪廻の法則または縁起を透視できない人は、非常に短い時間の鬼道の生命を中陰身と誤解するのです:もし彼らが観智でもって徹底的に縁起を識別する事が出来たなら、この種の誤解は消失します。ですから、私は、あなたが自分の観智でもって縁起を確認するよう提案します。そうすれば、中陰身の問題は、あなたの心から無くなるでしょう。(完)

#034-150719

問4-9 安般念の修行方法と四界分別観(の修行方法と)は同じですか?どうして、我々は安般念を修行した後で、四界分別観を修行するのですか?

答4-9 この二種類の修行方法は異なります。

もし観禅(vipassanā)を修行したいのであれば、あなたは先に、色法と名法を識別しなければなりません。そして次にそれらの因縁を識別します。色法を識別する為には、我々は四界分別観を修行しなければなりません。観禅(vipassanā)には、二種類の修行方法があります:色業処(色法の識別)と名業処(名法の識別)です。

仏陀が色業処を指導した時、いつも、先に四界分別観の簡略法又は詳細法を教えました。故に、もし色業処を修行したいのであれば、あなたは仏陀の教えに従って、四界分別観の修行をしなければなりません。我々が四界分別観の修行をする時、我々にとって最も良いのは、まず深くて厚い定力がある事、たとえば安般念第四禅です。深くて厚い定力は、我々が明晰に究竟色法、究竟名法及びそれらの因縁を透視するのを支えてくれます。しかし、もし止禅を修行したくないのであれば、あなたは直接四界分別観を修行する事もできます。それは問題になりません。我々は前回の講座の問題への回答の中で、すでにこの事について検討しました。(完)。

(翻訳文責 Pañña-adhika sayalay)

 

初めてご来訪の方へ:上記は、台湾より請来した「禅修問題与解答(パオ禅師等講述)」(中国語版)の翻訳です(仮題「パオ・セヤドー問答集」)。「智慧の光」「如実知見」の姉妹版として、アビダンマ及びパオ・メソッドに興味のある方のご参考になれば幸いです。(一日又は隔日、一篇又は複数篇公開。日本及び海外でリトリート中は、ブログの更新を休みます)。