Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。

パオ・セヤドー問答集~#57~#60>問答(六)問6-9~問6-12

☆11月より長期リトリートに入る為、公開の翻訳文が少し多くなっています。よろしくお願いいたします。

#057-150813

問6-9 阿羅漢も人に授記を与える事ができます。この時の授記の定義はどうなっていますか?どのお経を読めば、又は何の本を調べれば、こういった資料が見つかりますか?

答6-9 《仏種姓経 Buddhavaṁsa》と《比喩経Apadāna》を調べて読んで下さい。ただし、どんな阿羅漢でも授記を与えられると言う事はなく、天眼通(dibba-cakkhu-abhiññā)、特に未来分智(anāgataṁsa-ñāṇa。天眼通の中の第二種類の神通力で、未来世の状況をも通せるもの)を備えた阿羅漢だけが授記できます。彼らはただ未来のいくつかの生を無る事しかできず、多くの阿僧祇劫(asaṅkhyeyya)又は多くの劫(kappa)を見る事はできません。というのも、彼らの神通力は、仏陀には及ばないからです。

#058-150813

問6-10 非想非非想処(nevasañña-nāsaññāyatana-samāpatti)の中に入って観禅(vipassanā)の修行はできますか?どの経典又は資料を見れば答えを見つけられますか?

答6-10 どのようなジャーナ(jhāna-samāpatti)の中においても、観禅(vipassanā)の修行はできません。ジャーナから出定して後、修行者は初めてジャーナ法(ジャーナの心と心所)に対して観禅の修行が行えます。たとえば、もし修行者が非想非非想処定に入っているとして、この定の中では観禅の修行はできません。定から出てきた後、初めて非想非非想処定の禅法(31種類の名法)に対して観禅を修する事ができます。これは≪中部・後50経篇・個別経Anupada Sutta、Uparipaṇṇāsa、Majjhima Nikāya≫の中に書かれています。このお経の中で、仏陀はシャーリプトラ尊者が須陀洹道果を証悟した後の15日間の修行体験について、詳細に説明しています。

たとえば、シャーリプトラ尊者は初禅に入り、次に初禅から出てきて、34種類の初禅法の生じる時、維持する時と滅する時を透視する事を通して、彼はそれらの無常・苦と無我を逐一識別しました。この方式で、彼は無所有処定まで識別できましたが、これを個別的法観禅(anupadadhamma-vipassanā)と言い、行法を逐一識別する観禅です。しかし、彼が非想非非想処定に到達した時、彼はその禅法を逐一識別する事はできなくなり、ただ全体的に識別するだけですが、これは聚思惟観禅(kalāpa-sammasana-vipassanā)と言います。ただ仏陀だけが、非想非非想処定の禅法を逐一識別する事が出来、シャーリプトラ尊者のような弟子でも、非想非非想処定の禅法を逐一識別する事はできないのです。というのも、それらは極めて微細だからです。

同様に、滅尽定(nirodha-samāpatti)は、ただ非想非非想処定から出てきた後にのみ生起するもので、この定の中で生起する事はできません。あなたは≪清浄道論≫の最後の一章《滅尽定入定論Nirodhasamāpatti-Samāpajjanakathaā》の中でこれらの事を閲読できます。その中で討論されている内容は≪中部・小空経 Cūḷa-Suññata Sutta of Majjhima Nikāya≫とその他のパーリ聖典の中に書かれている滅尽定修行法によります。

#059-150813

問6-11 一人の精神異常、幻聴、精神分裂症(日本では、統合失調症)、脳部疾患、中風または脳神経失調の人は、この種の法門を修行する事ができますか?もし出来るとしたら、どのような注意が必要ですか?

答6-11 修行はできます。しかし、通常は成功しません。というのも、彼らは十分に長い時間、持続して自己の心を完全にコントロールできないからです。ここで言う「十分に長い時間」とは、彼の定が強くて力のあるものになった時、修行者はこの定力を数時間維持する必要がありますし、数回の瞑想が必要です。通常の状況では、彼らはある時は自己の心をコントロールして、修行の対象に専注できますが、ある時はできません。これが問題になります。もし彼らが心のコントロールができ、何度かの、数日の、何か月かの瞑想を継続でき、かつ、定力を維持できるならば、彼らは成功する事ができます。

パターチャーラー(Paṭacārā)が、有名な例です。彼女の夫と二人の子供は、同じ日に亡くなりました。父母と兄弟もまたその日に亡くなりました。彼女はこのような悲惨な状況に出会って発狂し、裸であちこちさまよっていました。ある日、仏陀が舎衛城(Sāvatthi)の祇園精舎(Jetavana)の禅堂で説法をしている時、彼女は入っていきました。彼女が過去生において蓄積した波羅蜜が即刻果報をもたらしました。成熟した波羅蜜及び仏陀の慈悲によって、彼女は仏陀の指導する方法を、心を込めて聞くことが出来たのです。

ゆっくりと、彼女の心は静まり、法の意義を理解する事もできました。次に、彼女は、非常に早く初果須陀洹(soṭāpanna)を成就しました。彼女は出家して比丘尼になり、かつ修行を続け、自己の禅定と観智を維持する事ができました。ある日、禅修が成熟したため、彼女は五神通と四無礙解智(paṭisambhidā-ñāṇa)を備えた阿羅漢になりました。戒律に精通している比丘尼の中で、彼女が一番でした。彼女は非常に律蔵を重要視し、律蔵と註釈をすべて暗記していて、かつ完全に戒律の意義を理解していました。

彼女はかつて勝蓮華仏(Padumuttara Buddha)の教化の時代から、迦葉仏(Kassapa Buddha)の教化の時代までの間に、波羅蜜の修行をしたことがあります、特に迦葉仏の教化の時代には。迦葉仏の教化の時代、彼女はキキー王(King Kikī)の娘として生まれ、童真梵行(Komāri-brahacariya)を二万年修行しました。童真梵行とは五戒を守る事ですが、特に完全な不邪淫を守る事を言います。その意味は:通常の五戒の中の不邪淫という条項を、彼女は一歩進んで、完全な不邪淫戒として守ったのです。二万年という長きに亘って、彼女は在家居士という身分で三学:戒行(sīla)、禅定(samādhi)と智慧(Paññā)を修行しました。これらの波羅蜜は、ゴータマ仏陀(Gotama Buddha すなわち釈迦牟尼仏)の教化の時代に熟したのです。こうした事から、以前発狂した事があっても、彼女は依然として三学を学ぶことができ、かつ阿羅漢果を成就する事ができました。

このような人にとって、彼らが修行する時、善知識(kalyāṇa-mitta)が非常に重要になります。善知識とは:よい教師、よい友人、または一緒に修行する友人。適当な薬と適当な食べ物も重要な助縁になります。これまでの経験から、私は彼らの多くの者が、長時間の定力を維持できない事を知っています。ある者は一生失調したままですが、これは彼らの波羅蜜が不十分であるか、または、まだ成熟していない、という事が原因であると思います。

#060-150813

6-12 人間関係が良くない人が、第四禅を成功させたならば、この事が、彼にとって、他の人との付き合い方を改善する事(きっかけ)になりますか?ジャーナに達する事は、このような問題を改善するのに役立ちますか?

答6-12 これらの問題は通常は瞋恚(dosa)によって起こります。これは五蓋の一種です。禅の修行では、修行者がこの種の態度を取り除くことができないのであれば、彼はジャーナに到達する事ができません。ただし、もしこの種の態度を取り除く事ができるならば、彼はジャーナに到達する事ができるだけでなく、道果、また阿羅漢果をも証悟する事もできます。一つの有名な例は、チャンナ尊者(Channa Thera)の物語です。彼は我々の菩薩と同じ日にカピラヴァットゥ(Kapilavatthu)の浄飯王(King Suddhodana)の宮殿に生まれました。彼は浄飯王の女奴隷の息子でした。子供の時、彼は菩薩悉達多太子の遊び友達でした。これが、彼の心に大きな驕慢を生むことになりました。彼はいつもこう思いました:「これは私の王国。仏陀は私の遊び友達。法は我々の法。太子が世間を厭離する時、この私がアノーマー河(Anomā River)の川べりまで、ご一緒した。ついて行ったのは私だけ。シャーリプトラとモッガラーナなどは、遅れて開いた花・・・」このような驕慢な態度のため、彼はいつも粗暴な口ぶりで話ました。彼は大長老、たとえば、シャーリプトラ尊者やモッガラーナ尊者たちを尊重しませんでした。これらの驕慢な言動から、どの比丘も彼と友達になりませんでした。仏陀ご在世の時、彼はジャーナまたは道果を証悟する事は出来ませんでしたが、その原因は、彼が驕慢と瞋恚を取り除く事が出来なかったからです。

仏陀が般涅槃した後、大長老達は、仏陀の指示に従って、彼に梵罰(brahmadaṇḍa)を与えました。般涅槃する日の夜、仏陀はアーナンダ尊者にチャンナ尊者に対して、この懲罰を実施するよう言いました。ここでいう梵罰(brahmadaṇḍa)とは:すべての比丘がチャンダと話をしない事、たとえチャンダが彼らと話したくなっても然り。この梵罰のせいで、シャンダと話す比丘はいませんでした。誰も彼と話す事がなくなった時、彼の驕慢と瞋恚は徐々に消失しました。この羯磨法(saṅgha-kamma僧団の決議)は仏陀の般涅槃後五か月後に実施され、場所はコーサンビー(Kosambī)のゴーシターラーマ寺院(Ghositārāma)でした。

この羯磨法が施行された後、チャンダ尊者はゴーシターラーマ寺院を離れ、ベナレス(Benares)付近の鹿野苑の仙人住処(Isipatana)僧院に行きました。彼は努力して修行しましたが、成功しませんでした。それで、ある日、彼はアーナンダ尊者の所へ行き、アーナンダ尊者に彼の問題を解決してもらえるよう頼みました:というのも、彼はどのように努力して修行しても、成功できなかったからです。どうして彼は成功する事ができないのか?彼は五蘊の無常・苦・無我の本質を判別できても、縁起法(paṭiccasamuppāda)の修行ができませんでした。故に、アーナンダ尊者は、縁起を修行する方法を教え、かつ、≪迦旃延経 Kaccanagotta Sutta≫も教えました。彼は、アーナンダ尊者の説法を心から聞いた後、須陀洹道を証悟しました。彼は引き続き修行を続け、かつ非常に早く阿羅漢になりました。このように、ある人が、自分の劣悪な性格を変える事ができ、かつ、正確な方法で止観の修行を行えば、ジャーナと道果を証悟する事ができます。(完)

 (翻訳文責Pañña-adhika sayalay)

 

初めてご来訪の方へ:上記は、台湾より請来した「禅修問題与解答(パオ禅師等講述)」(中国語版)の翻訳です(仮題「パオ・セヤドー問答集」)。「智慧の光」「如実知見」の姉妹版として、アビダンマ及びパオ・メソッドに興味のある方のご参考になれば幸いです。(一日又は隔日、一篇又は複数篇公開。日本及び海外でリトリート中はブログの更新を休みます)。