Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

是誰庵のひとやすみ~31>輪廻の記憶

輪廻はあるのか、ないのか?

最近は、輪廻は認めないけど自分は仏教徒、という人もいます(駒澤大学の先生とか、遠くは印度在住の佐々井秀嶺師など)。

輪廻はないと言っている人々は、2500年前、仏陀が、輪廻があるかどうか質問された時、無記(無言)を通したので、それをもって「ない」の根拠にしているようです(最近の<西洋科学主義>もそれに拍車をかけていると思いますが)。

まぁ、ある無い論争をしても水かけ論なのですが、大昔、タイの森林寺院で聞いたのは「輪廻思想が当たり前のインドで、くちばしの黄色い若者が、当時宗教界最高の聖者にそういう事を聞くって、どうよ?仏陀は、そんな基本的な事は、自分の頭で考え、修習して、自分の体験を通して確認しなさい。易々と他人に聞くな、と言いたかったのでは?」という見解。

私も輪廻に今一つ疑心暗鬼だった時代、この解説には、なるほど~~と感心したのを覚えています(実際に、あなた、そういう心配するより、今すぐアーナ・パーナ・サティやりなさい、と指導僧から叱られました~苦笑)。。

勿論、タイも輪廻肯定仏教国だから、国民全体が「ある」という前提で仏典解釈しているだけであって、それって信仰の一種であって、科学的でない!と言おうと思えば、言えなくもないですけれど。

当時、私も輪廻に対する確信がもてず、もし輪廻がなかったら、仏教を学んでも意味ないし・・・とちょっと気持ちがグラグラしていましたけれど、実は、私は幼少の時から、輪廻の記憶があるのですね(今頃になって、ああ、あれは輪廻の記憶だと確信しました)。

私の生まれて最初の記憶は「あらら、今度は女の子に生まれてきたけど、女の子ってどういう風にふるまえばいいのかな?おしとやかってどんな風だっけ?」でした(不思議なことに、幼児なのに<おしとやか>って言葉を知っていました)。

次に覚えているのは「今度のお父さんの名前は△△だから、覚えておかなくちゃ」と言いながら、父の名前を一所懸命、何度も口ずさんで、暗記しようと努力していて・・・自然に構成された家族ではないような・・・ちょっと不自然な感覚でした。

5歳の時に初めて「おしゃか様」という言葉を聞いて(父が蓄音機で「お富さん♪(昔の流行歌)」を鳴らしていた)毬つきしていた私は直立不動になって、転がって行く毬を見ながら「遊んでいる場合じゃない。大きくなったら、おしゃかさんの事、勉強する!」って、その場に立ちすくんでいました。

父母ともに、宗教心ゼロ(祖母はしっかりもので道徳心あり)、戦後の混乱期、絵本一冊買ってくれない家庭で、情操教育はしてもらった記憶はない、ですね(苦笑)。

その後、50歳過ぎて、パオセヤドーの著書「智慧の光」に出会うまで、やはり、偶然と必然のあわいを、仏法の方へ仏法の方へと、導かれて来たのだなぁ、と思います。

小学三年か四年の頃の事ですが、学校で女先生が黒板に東南アジアの地図を書いて「ここは緬甸」指さした時、黒板がピカっと光ったんですよね・・・そして私は「ああ、大きくなったら何か用事ができて緬甸に行くんだろか」なんて、人ごとのような気分で黒板を見つめていました・・・私は、教室の全員が光を見たと思い込んでいて、光の事は、誰にも言いませんでした(心の奥では、光の事は、他人に言わない方がいいと、分かっていたのかも知れません)。

そして、40年後の50歳の頃、本当に緬甸モーラミャインのパオ森林寺院に行って、2年間、修行生活を送ったのですから、これは偶然ではありえない訳で・・・。

こういう話をすると、あなた、半生記を書けばいいのに、という人がいます。

私のしゃべりは、講談みたいで話しだすと面白いけど、文字に書くとなんだかなぁ・・・(苦笑)。

人生最初の記憶が、実は輪廻の記憶だったって事は、hatenaに記録しとこ(笑)。

追記:仏陀の無記の理由の一つに、「質問者の態度が失礼な時、無記(無言)」というのがあるらしいです。あと「如来は般涅槃後どうなるか?」という疑問に答えなかったのは、涅槃とは言語道断の世界だから、言えない、説明すればするほど嘘になる、という事かな、と。