wong0110's diary

中国語で書かれた仏教書を日本語に翻訳して公開。+日常の心模様の独り言。

ブッダダーサ「生活の中の縁起」(翻訳文)ー89/92

結論~~

縁起について、我々は、このように言う事が出来る。

1、六根が六境に接触して、縁起の流転または還滅が

生じる時、世間、世間の初因、世間の滅尽及び世間の

滅尽に向かう道、そのすべてが発生する。

これらすべては、この、イキイキとした六尺の体内に

あり、死後にある訳では、ない。

2、縁起における各種の状況は、決して、日常用語で

言う所の、三世三世につながる、または何かの一生、

何かの一世につながるものでは、ない。

「縁」という言葉の解釈において、来生、来世につながると

言う事はできない。

「縁」というこの文字の意味は、お互いに依存し合っている、

という事であり、それは、ある事柄が、不断に、絶えること

なく、お互いに依存し合っており、一つながりになって依存

し合っている事を言うのである。

それは、比喩で言う所の、太陽があるので、世界がある;

世界があるので、世界には水がある;世界に水があるので、

水の蒸発がある;水の蒸発があるので、雲がある;

雲があるので、雨がある;雨があるので、雨が降る;

雨が降るので、路面が濡れる:路面が濡れるので、Aさんが

滑った;Aさんが滑ったので、頭に怪我をした;

Aさんは、頭に怪我をしたので、病院に行った;

病院に行ったので、医師がAさんを治療した;

医師が治療したので、Aさんの怪我は治った。

(つづく)

(台湾香光尼僧集団翻訳グループ~タイ語→中国語

原題「生活中的縁起」中国語→日本語 Pañña-adhika sayalay)