wong0110's diary

中国語で書かれた仏教書(主にテーラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。+日常の心模様の独り言<是誰庵のひとやすみ>。

パオ・セヤドー講述「菩提資糧」(翻訳文)-48

意義~

私は、陶芸家が、未だ焼かれていないが故に、乾いていない、湿気た

壺に対するが如くに、あなたに対応する事は、しない。陶芸家は、未だ

焼かれていないが故に、乾いていない湿気た壺を、優しく手に持つ。

というのも、彼は、この壺が壊れるのが怖いから。そうであるから、

私は、陶芸家が、未だ焼かれていないが故に、乾いていない湿気た壺

に対するような態度で、あなたに対応しない(軟弱にあなたを見守り、

あなたの心が傷つくのを恐れる態度で対応しない)。私はあなたを、

一度指導しただけで黙ってしまうなどという事はせず、絶え間なく

訓戒して、あなたを指導する。

私はあなたの欠点を点検する。それはまるで、陶芸家がすでに焼き

あがった壺を、亀裂のあるものや、欠陥のあるものを脇にどけて、

(+残りのものを)不断に叩いて、良いものだけを取り置くような

ものである:このように、私は不断の試練を与えてあなたを指導する。

あなたがたの中で、すでに道果に到達した堅固者は、この試練に耐える

事ができる。

ここにおいて、仏陀の言う堅固とは、出世間の品徳の事である。

というのも、その徳は不滅であるから。また、註疏では、世間的品徳も

また、堅固の象徴である、と言う。

仏陀如是説已、阿難尊者対世尊之言感到満意且歓喜

《大空経》(+の解説)はこれで終わる。

結論として:私は、あなた方聴衆もまた、仏陀に対して友好的であ

るべきで、怨恨の心を持ってはならない、と提案する。そのことは、

あなた方に長くて久しい幸福と楽しさをもたらすであろうから。

一切の衆生が、健康で楽しくあるように、祈願します。

(+ )訳者。(つづく)

(<パオ・セヤドー講述「菩提資糧」>(1999年版)

中国語版→日本語 翻訳文責Pañña-adhika sayalay)