wong0110's diary

中国語で書かれた仏教書を日本語に翻訳して公開。+日常の心模様の独り言。

パオ・セヤドー講述「菩提資糧」(翻訳文)-64

万一、それでも悪念を取り除くことができないならば、彼は、

火をつけるための一対の木とか、そのようなものを、袋から

取り出す。そして、注意力をこれらの方へ向けて、言う

「これは上に置く木、これは下に置く木」などなど。

こうして心を(悪念以外の)その他の事柄に、忙しくさせる。

万一、それでも悪念を取り除くことができないならば、彼は、

色々な道具が入った容器を出してきて、以下のように、

それらの日常用品を注視する「これは錐、これは鋏、これは爪切り、

これは針。」

こうして心を(悪念以外の)その他の事柄に忙しくさせる。

万一、それでも悪念を取り除くことができないならば、彼は、

穴の開いた袈裟を繕う事を通して、自己を忙しくさせる。

悪念が除去されていない限り、色々な技巧を必要とする各種の

仕事に従事して、自分を忙しくさせるのが良い。

一たび悪念が取り除かれたなら、彼は、再び座禅・瞑想を開始し、

自己の禅の法門を、修行しなければならない。

しかし、彼は、建築の仕事をしてはならない。

なぜか?

それは、一たび建築の仕事を始めたならば、たとえ心の中の悪念が

取り除かれたとしても、禅修行者は、修行をする時間が無くなって

しまうからである。しかし、古代では、智者が建築の仕事を通して、

悪念を取り除いた話は、確かに存在している。

(つづく)

(<パオ・セヤドー講述「菩提資糧」>(1999年版)

中国語版→日本語 翻訳文責Pañña-adhika sayalay)