wong0110's diary

中国語で書かれた仏教書を日本語に翻訳して公開。+日常の心模様の独り言。

パオ・セヤドー講述「菩提資糧」(翻訳文)-65

ティッササマーネンの物語~

下記は、建築の仕事に関する物語である:

以前、一人のサマーネン(=沙弥)がいた。名をティッサ(Tissa)

という。

彼の戒師は、スリランカ東部のティッサ市の大寺院(Tissamahāvihāra)

にいた。

ある日、ティッササマーネンは、彼の戒師に報告した:「尊者、私は

梵行の修行が好きではありません。」

戒師は、サマーネンの心の傾向と、どのような修行が彼に合うかを

理解したので、サマーネンに言った:「このお寺は、シャワーに使う

水が足りない。私をチッタラ山に連れていけ。」

サマーネンは言われた通りにした。

チッタラ山に着くと、戒師は言った「寺院はサンガ全体で使うものだ。

サンガの品物を使う責任は重い。私専用の住まいを建ててくれ。」

サマーネンは答えた:「承知しました、尊者」。

こうして、戒師はサマーネンに、同時に三種類の仕事をするように

言いつけた。

一、《相応部》の経典を学ぶ事。

二、山の中の洞穴を綺麗に片付ける事。

三、火遍処の修行を開始する事。

《相応部》の経典を学び終え、洞穴の整理も完成し、かつ火遍処も

ジャーナに到達できるようになった時、彼は、戒師に任務の完成を

報告した。

戒師「サマーネン、あの洞穴は、君が苦労して片付けたものだ。

今日、君が先に、一晩そこで休みなさい。」

その日の夜、サマーネンはその洞穴で過ごした。

洞穴は涼しくて修行するに都合よく、サマーネンは観禅の修行をし、

阿羅漢果を証悟し、かつ、その場で般涅槃に入った。

人々は、彼の遺体を火葬にした後、彼の遺骨舎利を供養するために、

塔を建築した。

それから今日に至るまで、人々はこの塔を「ティッサ長老塔」と

呼んでいる。

(= )訳者。(つづく)

(<パオ・セヤドー講述「菩提資糧」>(1999年版)

中国語版→日本語 翻訳文責Pañña-adhika sayalay)