wong0110's diary

中国語で書かれた仏教書(主にテーラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。+日常の心模様の独り言<是誰庵のひとやすみ>。

パオ・セヤドー講述「菩提資糧」(翻訳文)-83

もし彼が、以下の事を人から聞いても、それを何ら困難とは思わず、

当該の任務を遂行する欲が強く、決して撤退しない事、それはすなわち、

「両腕の力だけを頼りに、水が充満した宇宙全体を泳いで彼岸に到達した

者だけが、仏果を証悟することができる。」

もし彼が、以下の事を人から聞いても、それを何ら困難とは思わず、

当該の任務を遂行する欲が強く、決して撤退しない事、それはすなわち、

「両足の力だけを頼りに、火もない、煙もない、がしかし、真っ赤に

焼けた炭でできた宇宙全体を歩いて、彼の端に到達した者だけが、

仏果を証悟することができる。」

もし彼が、以下の事を人から聞いても、それを何ら困難とは思わず、

当該の任務を遂行する欲が強く、決して撤退しない事、それはすなわち、

「両足の力だけを頼りに、先が尖った鋭利な剣を敷き詰めた宇宙を歩いて、

彼の端に到達した者だけが、仏果を証悟することができる。」

もし彼が、以下の事を人から聞いても、それを何ら困難とは思わず、

当該の任務を遂行する欲が強く、決して撤退しない事、それはすなわち、

「両腕の力だけを頼りに、棘の生えた藤が全体に生い茂っている宇宙に

一本の道を切り開いて、彼の端に到達した者だけが、仏果を証悟すること

ができる。」

もし彼が、以下の事を人から聞いても、それを何ら困難とは思わず、

当該の任務を遂行する欲が強く、決して撤退しない事、それはすなわち、

「四阿僧祇劫と十万大劫の長きに渡って、地獄の責め苦を耐えた者だけが、

仏果を証悟することができる。」(つづく)

(<パオ・セヤドー講述「菩提資糧」>(1999年版)

中国語版→日本語 翻訳文責Pañña-adhika sayalay)