wong0110's diary

中国語で書かれた仏教書(主にテーラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。+日常の心模様の独り言<是誰庵のひとやすみ>。

パオ・セヤドー講述「菩提資糧」(翻訳文)-84

ここにおいて、私は皆さんにお訊ねしたい。

もし、あなた方が、自分には仏果を証悟したいという、十分に強力な

願または欲があると思うならば、あなた方の欲は、上記のように強烈

なレベルであるのかどうか?

どうぞお答え下さい。

上に述べた8項の条件を備えた者が発する至上願は、この8項の条件を

備えた上で、発起された心である。

その特徴とは、正等正覚を証悟したいという覚悟であり、作用とは

「我をして正等正覚を証悟せしめ、一切の衆生に幸福と楽を齎せよ」と

いう願いを渇望する事であり、現起(=現象、成果)とは、菩提資糧の

元となす事であり、近因は大悲心、または一切の必要条件を具備している

である。

その目標が、不可思議な仏境、及び宇宙全体の衆生の幸福であるため、

それは、最も優れた、最も殊勝な福業であると見做され、無限の潜在的

エネルギーを秘めており、また、仏果を成就するための、一切の法の

基本となるものである。

それが発起されるその一瞬、その偉人は、大菩提乗の行道

mahābodhiyāna-paṭipatti)に踏み込んだのである。

彼の終着点はすでに決定され、覆される事はない。

そうであるからこそ、まさに「菩薩」と呼ばれるのである。

その心は、すでに完全に、正等正覚を成就する事に投入され、

かつ、一切の菩提資糧を円満成就する能力も、すでに備わって

いるのである。

至上願が効力を発する時がくれば、偉大なる菩薩は、己の力だけを

頼りに、諸々の波羅蜜を正確に探し当てる「波羅蜜思択智」

(pāramī-pavicayañāṇa)を発動する。

この智は、すなわち、彼が未来に於いて、一切知智を証悟することの

前兆である。彼は先にその行道を実践し、段階を踏んで、諸々の波羅蜜

を円満成就していく。

それは、スメダ智者(Sumedha、善慧:妙智)が、至上願を発した後に

したことと同じである。(つづく)

(<パオ・セヤドー講述「菩提資糧」>(1999年版)

中国語版→日本語 翻訳文責Pañña-adhika sayalay)