Sayalay's Dhamma book

中国語で書かれた仏教書(主にテラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。たまには<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。                    2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得る。 2018年8月10日の翻訳をもって翻訳ワークは終了しました。                     コメント欄は利用OKですが、リトリートに入っている時は回答しません。。

パオ・セヤドー講述「菩提資糧」(翻訳文)-146

如何にして外物施をするのか?

菩薩が外物の布施をするとき、彼は布施の品物を、その品物を必要としている人に布施する。

彼が、ある人がその物を必要としていることを知ったならば、その人が欲しがらなくても、彼は布施をする。もし、人が品物をもらいにきたならば、彼は更に多くを布施する。

布施をする時、彼は、まったくの無条件でそれを行う。

十分に足りる品物がある時、彼は、一人一人に十分な量をあげる。もし、品物が足りない時、彼は、平等に平均して分配する。

ここに、一つの注意点がある:

布施を行う時、彼は後に困った事になる物品、例えば武器、毒薬や麻酔などの物を布施することはない。彼はまた、利益もなく、懈怠や不注意を導く、楽しみのためだけの玩具なども布施しない。

病人については、彼は病人にとって、不適切な食べ物や飲み物を布施することはなく、適切で適量な物品を布施する。

同様に、ある人が彼に物を乞うたとき、在家には在家にふさわしい物品を、比丘には比丘にふさわしい物品を布施する(在家に対して、比丘が使う品物を渡さないし、その反対もない。)

布施する時、彼は、親しい父母、親戚、友人、同僚、子供たち、妻、使用人および労働者に、面倒なことや困難を持ち込まない。

よい品物を上げると言ったのならば、彼は、劣った品物を上げることはない。布施する時、彼は利益、尊敬、名誉および返礼を期待することはない。正等正覚を除いて、彼は善界に生まれ変わることを期待しないし、富などの善報も期待しない。

彼が布施を行う唯一の願望は、正等正覚を証悟することである。

布施をする時、彼は、布施の受取人や、布施の品物を嫌悪することがない。

彼を侮辱した受取人にでさえも、彼は決して、無礼な態度をとることはないし(ごみを捨てるような態度で渡さない)、怒りにみちて布施することもない。

彼は常に悲心を持ち、相手を敬い、かつ静かに布施をする。布施をするとき、彼は決して、騒がしい歓呼の声が吉祥であるとは信じないで、因果について、確信を強める。

布施の時、彼は受取人に、卑下するように言ったり、彼を敬うように言ったりはしない。また、誤った指導をしたり、分裂を生じさせるような動機を持つことはない。

彼は、非常に静かな、おちついた心で布施を行う。布施をするとき、彼は決して粗悪な言葉を用いないし、驕慢に口を曲げてみせたり、愁眉を結んでみせたりはしないで、ただ、愛語を用い、顔に笑みを浮かべ、心は平和で静かで安らかである。(+)(= )(つづく)

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<パオ・セヤドー講述「菩提資糧」1999年中国語版→日本語訳出

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>