Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

パオ・セヤドー講述「菩提資糧」(翻訳文)-157

またその上、彼は自己の生命と身体を

捨てることを通して、衆生を支援し、

保護する;

彼は、各種の方法を探し実践して、衆生

のいろいろな苦を軽減しようとする。

たとえば、飢餓、喉の渇き、寒さ、暑さ、

風、日照りなど。

彼は、分別心なくして、一切の衆生

いろいろな心身の快適性による安楽を

得られるように希望する。

たとえば、上述のもろもろの苦を取り除く

ことによって得られる安楽;

愉人(=楽しい人?)の公園、花園、宮殿、

池、森林などにいる安楽、仏陀

パーチェカ仏陀、弟子と菩薩が出家後、

ジャーナを証悟する楽。

(目的に到達する前、ここで述べた一切

の活動は、菩薩がいまだジャーナを

証悟していない時のものである)。

彼がジャーナを証悟した後、彼は、

自分が体験したのと同じような体験、

すなわち、ほかの人々が喜、静、楽、

定及び如実知見の智慧を体験できる

ように尽力する。

また、彼は、衆生が一人ぼっちで、

生死輪廻の苦しみ、煩悩の苦しみを受け

ていること、衆生が輪廻の中にとどまる

を得ない、諸々の行業の苦の中にいること

を知っている。

彼は、苦難の中にいる衆生をこのように

思う:彼は地獄の衆生が長期的に、

絶え間なく、極端な苦痛、斧で切られ、

ナイフで切られ、粉々にされ、烈火に

焼かれているのを知っている。

彼ははっきりと、動物として生まれた

衆生が、常にお互いを敵として恨んでおり、

迫害し、傷つけあい、お互いに殺し合い、

または人の用に用いられる、極めて大きな

苦痛の中にいることを知っている。

彼ははっきりと、餓鬼として生まれた衆生が、

烈火に苛まれ、飢餓、喉の渇き、寒さ、

暑さなどの苦しみ、人の吐いたもの、

痰などを食し、常に泣き叫び、悲しみの中に

いることを知っている。

彼ははっきりと、ある種の人々は生活の

ために苦労し、犯罪を犯して手足を折られ、

醜悪で醜く、苦痛の泥沼に落ちこみ、

地獄の衆生の受ける苦痛とあまり変わらない

苦痛を受けていることを知っている。

ある種の人々が飢餓にあって、飢えと渇きに

苛まれるとき、それは餓鬼と同じ苦痛

であることを知っている。

ある種の、資質、立場の弱い人々は、強者の

征服に会い、脅かされて、彼らに奉仕する

よう強制され、かつ、主人に依存しないと

生きていけない、ということを知っている。

彼は、これらの苦しみは、動物が受けている

のと、全く同じであると感じている。

彼は、はっきりと、六つの欲界の天神

(人類によって、楽しさだけがあって、

苦痛がないと見做されているところ)が

「欲楽の毒」を飲んだり食べたりして、

貪、瞋、痴(=無知)の烈火に焼かれ、

心が煩悶し乱れる苦しみ、乾燥した柴が、

風にあおらた烈火に燃え盛るように、

一時の安寧もなく、混乱の中で、抗い

ながらながら生きているのだ、

ということを知っている。

(+ )(= )訳者。(つづく)

訳者コメント:「愉人」というのは

辞書になく、意訳しました。

★誤字脱字を発見された方は、当コメント欄にてご一報頂くか、または<菩提樹文庫>まで。ご協力、よろしくお願いいたします。

<パオ・セヤドー講述「菩提資糧」1999年中国語版→日本語訳出

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>