wong0110's diary

中国語で書かれた仏教書(主にテーラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。+日常の心模様の独り言<是誰庵のひとやすみ>。

「修心与神通」(翻訳文)-8

7、修行者は、どのような異なった心理と観念をもって、定と道の修行に努力するのか?

この娑婆世界では、それぞれの区域の種族と風習、習性によって、それぞれ異なる心理と観念がある。ゆえに、すべての定の境地もまたおのおので異なっている。

以下は、一般的によくみられる状況である:

(1)麤行:たとえば、性格が内向きな者で、この世の負担が重過ぎると感じ、この重荷は手に余ると思い、そこから離れたいと思う。この、圧迫されて息もつけない日々から逃れて、己の過ごしたいように日々を過ごしたい。

(2)静行:この商工業時代に生きて、各人の歩みは非常に速く、朝から晩まで忙しく、休む暇もない。少しは、静かに、ゆっくりと休みたい。

(3)病行:生、老、病、死の過程の中で、定を修行する事を通して、生理的または身体的に問題なく過ごし、少しでも日々を明るく過ごしたいと思う;また、病気と痛みのない状況の下で往生して、来世を自在に迎えたい。

(4)癰行:宿世の修練において、今世の業識の内において、世の中の一切の外境に対して、すべてが穢れていると思い、それはまるで、たちの悪い出来物のようで、伝染病の疑いがあり、そこからなるべく早く逃げ出したい、見ぬ者清し、の心境。

(5)箭行:彼の人生の旅路の途中、接触する人々は、皆、彼の善意や気持ちとは違えているように思える。彼は誠実に対応しているのに、却って被害者となる。何をしても失意のどん底にあって、人生は毒矢の如く、無情であると思う。

(6)無常行:己の身辺・周囲の、どのような事柄~名利、地位、財産等も、皆変幻しており、捕まえようとしても捕まえられないものであり、取ろうとしても取れないものであり、時空の転換の中で、去る者はすでに去り、来る者は追えずと思い、世間の万象万物の無常を感じる。

 

この娑婆世界では、各々の区域の人は皆、異なる心理的感触・感覚を有しており、そのためにまた、異なる観念を生み出してもいる。

各々は、異なる方便なる法をもって、定の修習に努力するがゆえに、それぞれが異なる意識の境地を擁することになる。

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。(つづく)

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<陳居士「「修心与神通」中国語→日本語訳出

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>