wong0110's diary

中国語で書かれた仏教書(主にテーラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。+日常の心模様の独り言<是誰庵のひとやすみ>。

パオ・セヤドー講述「菩提資糧」(翻訳文)~211-2

《相応部》の中に、こういうことが書かれている。

ある時、非常に有名な劇団の座長で、かつ俳優であった、名を達拉布達(Tālaputa)という人が、仏陀に会いに行き、仏陀にこう言った:

彼の劇団の指導者がかつて、彼に、もし俳優が架空の物語を演じて観衆を笑わすならば、死後、笑神に生まれ変わると言った、と。

彼は、仏陀にこのことをどのように見做すか尋ねた。

仏陀は、彼にこのような問題を尋ねるべきではないと言った。

しかし、劇団の座長は、三度も繰り返し聞いた。そのため、仏陀は彼に言った。

もし、彼の演劇をする業が熟したならば、彼は地獄に落ちるであろう、と。

その理由は、彼が非常に多くの人々に、汚染された楽しみを齎し、彼らの貪欲、瞋恚、痴を増長させたから、である。

こうしたことから、仏教が人類にもたらすことのできる利益の内の一つは、善悪を明らめることができる智慧、である(+と言える)。

この種の智慧は、一種の正見であり、己と他人に利益を齎すことのできる重要な要素である。

というのも、これを知った後でしか、あなた方は、どのように正しい道を歩めばよいか、分からないのであるから。

たとえば、劇団の団長であった達拉布達は、仏陀の法話を聞いた後、俳優の生活を捨て、出家して比丘となり、禅の修行に励み、久しからずして、阿羅漢果を証したのである。

この世では、正見のない人は、まったく簡単に、気ままな生き方をしてしまう。たとえば、欲楽に惑溺し、名誉を求め、飲酒、賭博に溺れるなどである。これらは、彼らに対して、長期的な苦しみを齎す。

反対に、正見を有する人は、全身全霊でもって善、たとえば、布施、持戒、慈悲心の育成、および禅の修行を通して己の心を清浄化する等~を修する。

これらは、彼らに対して、長期的な楽しさ、幸福を齎す。

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。(211-3につづく)

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よろしくお願いいたします。

<パオ・セヤドー講述「菩提資糧」1999年中国語版→日本語訳出

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>