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wong0110's diary

中国語で書かれた仏教書を日本語に翻訳して公開。+日常の心模様の独り言。

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」(翻訳文)~4-9

(+前篇「4-8」で述べた)この種の苦以外に、別の経の中で、仏陀は、また別の五種類の苦について語っている。

それはすなわち、愁、悲、苦、憂、悩である。

仏陀は《大念処経》の中で、以下のように解説している:

「比丘たちよ。

愁とは何か?

いついかなる時でも、何らかの不幸によって、どのような人であっても、苦悩に遭遇せざるを得ない法(=現象、以下同様)で、それによって、憂愁、悲しみ、苦悩、内心の哀切、内心の悲痛が有る時、比丘たちよ、それは愁と呼ばれる。

比丘たちよ。

悲とは何か?

いついかなる時でも、何らかの不幸によって、どのような人であっても、苦悩に遭遇せざるを得ない法で、それによって泣く事、悲泣する事、大きな声で悲嘆する事、高い声で哀切に叫ぶ事が有る時、比丘たちよ、それは悲と呼ばれる。

比丘たちよ。

苦とは何か?

すべての身体の痛苦の感受、身体の不愉快の感受、または身体が接触することによって生じる痛苦または不愉快の感受、比丘たちよ、それは苦と呼ばれる。

比丘たちよ。

憂とは何か?

すべての心理的痛苦の感受、心理的な不愉快の感受、または心理的な接触によって生起する痛苦または不愉快な感受、比丘たちよ、それは憂と呼ばれる。

比丘たちよ。

悩とは何か?

いついかなる時でも、何らかの不幸によって、どのような人であっても、苦悩に遭遇せざるを得ない法で、憂いと悩み、大きな憂い悩み、及び憂いと悩み、大きな憂いと悩みによって苦痛を感受する事、比丘たちよ、それは悩と呼ばれる。」

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。(4-10につづく)

★誤字脱字を発見された方は、<菩提樹文庫>まで。

ご協力、よろしくお願いいたします。

<パオ・セヤドー「顕正法蔵」2008年中国語版→日本語訳出

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>