Sayalay's Dhamma book

長年、当ブログにおいて逐次公開しましたテーラワーダ系仏教書翻訳文は、<菩提樹文庫>にてPDF版として、正式に公開されています。<菩提樹文庫>WEBをご閲覧下さい。

「南伝仏教キホンのキ」(翻訳文)3-11

第二節 煩悩とは何か?

煩悩を断じ除きたいと努力するのならば、先に、煩悩とは何であるか、煩悩の種類、および煩悩が生じる原因を理解しておかねばならない。

そうでなければ、症状に見合う薬を見つけることができない、という訳である。

一般的に、人々の考えでは通常、煩悩とは、心内の煩悶、苦悩または焦燥感、不安を指す場合が多い。

しかし、仏教では、煩悩の指し示す範囲はなお、もっと大きい。

煩悩、パーリ語で kilesa と言うが、それは、語源 ”汚染する”(kileseti)から来ている。

衆生の心と身体を汚染するが故に、”煩悩”と呼ばれるのである。

言い換えれば:

心身を汚染することのできる心理的要素、または汚染された状態の心、堕落した状態の心を、煩悩と言うのである。

煩悩は、我々が普段言う所の、ネガティブな心理的要素であって、それらは、皆、不善である。

というのも、これらの心理的要素は、精神的に不健康であり、道徳上でも譴責されるべきもので、果報(=後々の結果)の上においても、最終的には、痛苦を伴うものであるからである。

第三節 煩悩の種類

煩悩には、どのようなものがあるのか?

貪欲、渇求、執着、痴迷、虚栄、傲慢、狂妄、自大、卑下、虚偽、邪見、利己的、怒り、憤怒、憎悪、残酷性、反感、恨み、イライラ、緊張、恐怖、混乱、焦燥、絶望、抑圧、憂鬱、嫉妬、吝嗇、後悔、惑い、愚昧、無知、精神的麻痺(鈍感)、無慙、無愧、散乱等などである。

みなさんには、これらの煩悩があるだろうか?

どれか、自分にとって、一度も味わったことがない煩悩はないだろうか?

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。(3-12につづく)

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<無憂比丘著「南伝仏教キホンのキ」中国語→日本語訳出

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>