Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

「南伝仏教キホンのキ」(翻訳文)3-16

こういう事から、いわゆる煩悩とは皆、心内と外境の双方向の関係性によって生じるものである事が分かる。

心だけがあって、外境がなければ、煩悩は生じないし;外境だけがあって、心がなければ、煩悩は生じない。

これは一対の関係ーー心内と外境の関係性なのである。

貪、瞋、痴(=無知)の三種類の煩悩は、簡単に言えば、この一対の関係性の中にあるのである:すなわち、心が外境に粘着する時、対象を好む時、対象を所有したい、独占したいと思う時、それは貪と呼ばれる。

心が外境を好まず、対象を排斥しようとする時、それは瞋と呼ばれる。

外境の本質を理解せず、対象を好ましいと思い、楽しさを得ることができると思い、己の満足を得ることができると思うのを、痴と言う。

(+我々は)根門を通して目標に接触し、不正確な思惟(不如理作意)を通すことによって、煩悩は、生起するのである。

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。(3-17につづく)

★誤字脱字を発見された方は、<菩提樹文庫>まで。

ご協力、よろしくお願いいたします。

<無憂比丘著「南伝仏教キホンのキ」中国語→日本語訳出

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>