wong0110's diary

中国語で書かれた仏教書(主にテーラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。+日常の心模様の独り言<是誰庵のひとやすみ>。

是誰庵のひとやすみ~悪夢の終わり方

 昨夜、ベッドに入ってから、風邪を引いているのに、気がつきました。

身体がゾクゾクします。正月休暇で帰省していた二男が、風邪気味だと言っていたので、彼から貰ったのかも知れません。

私は一人住まいなので、風邪はちょっと困ります(ほかの病気でも困りますが、風邪というのは、人に泣きついたり、頼ったりするには大げさすぎるけれど、かといって、身体は、結構つらいから)。

ベッドの中で、身体のゾクゾクする感覚を味わいながら、「これは困ったな」と思っていたのですが、軽いサマーディに入って15分ほどでしょうか、<病気したくない>という己の、不寛容な心のネガティブ・エネルギーが観えたら、あらら、風邪、治りました(まだちょっと怠いですが、悪化はしてません)。

私は、風邪に気が付いた時、「風邪、風邪」「(一人では)不安、不安」とラべリングしませんでした。

しないで、じっと観ていたのです、己の身体の変化の様相~胃腸がゴロゴロする様子とか、身体が火照ってくる様子とかと、己の心との関係性を。

身体がどのような状態の時、心は不安になるのか?不安になる前、心はどういう状態であったか?不安って本当に存在するのだろうか?

理論、概念で押すのではなくて、感じるのです。

頭で「ああ、そういうことか」と分かるのは、悟りではありません。

心が、ある事柄を観て、感じて、ストンと納得する、すなわち、如実知見すると、不安、恐れは消えます(難しく言えば12縁起を観る、という事です)。

言葉でラべリングすると、概念の罠から抜けられなくなります。

不安で叫びたくなる、ラべリングしたくなるのを我慢して、心(名法)と身体(色法)の関係性をじっと観察してみて下さい。

悪夢は終わります。

(こういう事を書くと、「病気は泣き言を言わず、精神力で治せ」と言っているのだと受け取る人がいますが、そうではありません。如実知見の伴わない精神力は蛮勇であり、己を損なうだけです。病気が長引くようなら、病院に行きましょう。)