Sayalay's Dhamma book

長年、当ブログにおいて逐次公開しましたテーラワーダ系仏教書翻訳文は、<菩提樹文庫>にてPDF版として、正式に公開されています。<菩提樹文庫>WEBをご閲覧下さい。

「南伝仏教キホンのキ」(翻訳文)4-5

第三節  如何にして困惑性煩悩を取り除くのか

(+人が)困惑性煩悩を取り除きたいのであれば、定を修する必要がある。

定とは何か?

定とは、内心の平静、安寧、専一の状態を言う。

定を育成する方法を ”止” と言う。すなわち、煩悩を止めて、心内が平静になる、という意味である。

仏陀は、かつて、非常に多くの定の修行方法を教えた。

《清浄道論》では、これを40種類の業処として分類している。

業処(kammaṭṭhāna)とは、すなわち、心が仕事をする、場所の事である。

40種類のすべての業処には、一つの共通した特徴があるが、それはすなわち、単一の目標に専注することによって、心内の平静を得ようとする事である。

なぜ、単一の目標に専注することによって、心内の平静を得ることができるのか?

たとえば;ある一人の人間に、仕事がないとすると、ぶらぶらして、あちこち行って喧嘩を売りかねない。

もし、彼に何かの仕事を見つけてやれば、彼は、安らかな心で仕事をすることができる。

彼に仕事を与えさえしたら、ぶらぶらすることもないし、正業につくことができる。

我々の心もまた同じで、もし、心を良き方向へと導くことがなければ、心は、己の好き勝手な方向へ向かい、欲楽を追及し、フワフワとして、安定しない。

心をして、特定の目標に専注させるならば、心は徐々に静かになることができる。

これが、定を育成する原理である。

仏教とは、心霊の仕事に属しており、我々の心をして、どのように導いて心を善用し、心を善き方向へ向かわせるのか、良き方向へ発展させるのか、ということを教えているのである。

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。(4-6につづく)

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<無憂比丘著「南伝仏教キホンのキ」中国語→日本語訳出

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>