wong0110's diary

中国語で書かれた仏教書(主にテーラワーダ、南伝仏教系)を日本語に翻訳して公開。+日常の心模様の独り言<是誰庵のひとやすみ>。

パオ・セヤドー弘法記念「顕正法蔵」(翻訳文)~4-42

7-6 息の全体

次に続く経文は以下の通り:

「彼は次のように訓練する:『私は(息の)全身(=全体)を覚知して息を吸う。』彼は次のように訓練する:『私は(息の)全身(=全体)を覚知して息を吐く。』」

その意味は、彼は以下の様な考え方でもって、己自身を訓練することである:

「息を吸う時、私は、息全体の過程の始まり、途中、最後までを、明確に知るべきである。

息を吐くとき、私は、息全体の過程の始まり、途中、最後までを、明確に知るべきである。」

このように、彼は明晰な心をもってして、息の全体を明確にしるべきである。

ここにおいて、誤解して欲しくないのは、息の全体を知ろうとして、「始まり、途中、終わり」と黙然しなければならないと思う事である。実際は、同じ場所を通過する呼吸の、その最初から最後までを知っていれば、それで十分である。

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。(4-43につづく)

★誤字脱字を発見された方は、<菩提樹文庫>まで。

ご協力、よろしくお願いいたします。

<パオ・セヤドー「顕正法蔵」2008年中国語版→日本語訳出

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>