定の準備の作業の重点は、気血の滞り、心身の緊張、五蓋の煩悩等、定の修習における心身の障礙を取り除くことにある。
そのことによって、修行者が順調に、正定へと向かうことが出来るし、それは、正式に定を修習するにおいて、その勝敗優劣を決めることになる(+からである)。
たとえば、野菜を炒める前、野菜の良い部分を選ぶことなく、野菜を洗う時に綺麗に洗っておらず、野菜を切る時に正確に切っていない時、その野菜炒めは、欠点だらけで問題が多く(+食べることができない)。
同じように、瞑想・静坐の前に、もし、心身を調和のとれた、リラックスした状態に調整していないのであれば、瞑想・静坐の時に、心身が浮つき不安になり、雑念が多く飛びかい、高品質の効果を得る事は非常に難しいだけでなく、高度の成就を得ることは、もっと難しい。
もし、良い定を修習したいと本気で考えているならば、定の準備作業において、最も長い時間を費やす必要とする。
ちょうど、野菜を炒める時のように、正式に野菜を炒めている時間は長くはないが、野菜を炒める前の準備作業:たとえば、よい野菜を選る、野菜を洗う、野菜を切る等、これらの事に時間が掛かるものなのである。
初心者で言えば、もし、静坐を15分間するのであれば、静坐の前の準備作業は30分掛かる。そのようにして初めて、静坐の時に、高度な品質の心境が得られるのである。
(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。(2-5につづく)
Idaṃ me puññaṃ nibbānassa paccayo hotu。
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<「掌中の葉」(シッダッタ学院)中国語版→日本語訳出
翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>