Sayalay's Dhamma book

テーラワーダ系仏教書の翻訳は2019年夏を持ちまして終了致しました。これまでに翻訳しました内、23冊は<菩提樹文庫>にてPDF版を読むことが出来ます。今後、翻訳文を掲載する予定はありませんが、偶には<般若の独り言>にて日常の心模様を独白します。学問的な議論ではなく、ただの雑談、独り言です、お楽しみ頂ければ幸いです。2018年5月25日クムダ・セヤドーより初心者瞑想指導の許可を得ました。 初心者の疑問にはコメント欄にて対応します。

是誰庵のひとやすみ~日本の仏教界

先日、新しく開業した病院に行きました。

最近、血圧、息切れ等、少々気になる体調の変化がありましたので(結果は、ノープロブレムでしたが)。

それで、頭が坊主になっている理由を、初対面の医師に説明した所、大変に驚かれて、二人の看護師さんと一緒に、色々話を聞いて下さいました(新規開店の病院なので、患者さんは、私一人だったこともあって~笑)。

南伝仏教テーラワーダ)の僧侶は、戒・律が厳しい事。

出家者は、独身か、または、家族をおいて、お寺に住む事(法的な離婚を、する必要はない)。

出家の日常生活は、修行が主で、儲け仕事にはつかない事などなど(そのために、近隣の在家の方々、また大旦那~大口の布施をするサポーター、檀越~が、全力で、修行生活を支えてくれる)。

「日本の仏教とずいぶん違うなぁ」これが、私の話を聞き終えた、お三人の感想でした。

結婚して、子供を産んで、その子にお寺を継がせて・・・、タナボタでお寺を貰った子は、何のために修行し、誰のために役立たねばならないかを、明確に理解し、決意することができるのでしょうか?

今は、戒名はいらない、お墓はいらない、直葬で十分、という人が増えました。

日本の仏教界はちょっと変だ、と誰もが気が付き始めたのです。日本の仏教界は、本来の働きを取り戻すべき時代が、来たのではないでしょうか?(私は緬甸のパオ森林寺院で出家しましたが、テーラワーダ至上主義者ではありません。人間がやる以上、テーラワーダ内部にも問題はあるし、大乗にもよい部分は一杯あると思います)