wong0110's diary

中国語で書かれた仏教書を日本語に翻訳して公開。+日常の心模様の独り言。

☆「掌中の葉」(翻訳文)2-23

上に述べた「前行」は、動から静への過程であり、今述べている「結行」は、静から動への過程である。

この両者は、定の修習から言えば、同等の重要性があり、決して無視してはならないものである。

残念ながら、多くの修行者は、定の修習における「正行」ばかりを重視し、「前行」における準備の重要性を軽視しているだけでなく、「結行」で(+座禅・瞑想を)終了し、収めるという事を知らないでおり、そのため、定の修習の過程において、種々の問題に遭遇し、修行が順調に進まないことになる。

結行は、止禅から観禅へと修行を転換する大事な段階である。多くの人々は、相当長い時間止禅の修習をしたにもかかわらず、己自身に、観禅の修行をするには、いまだ十分な力量がないことを発見する。

彼らは、心の力量が足りないのは、座禅・瞑想の時間が足りないからだと思うのだが、実際は、そういうことであるとは限らない。

あなたが座禅・瞑想する時間がどれほど長くても、もし、止禅によって生じたエネルギーを回収して利用することを知らなければ、あなたはいつまでも心の力量が足りないと思うだろう。

あなたは、あなたに生じたエネルギーの半分も回収しえていないと思えば、それは非常に惜しい事ではないだろうか?

(+ )(= )訳者。句読点等原文ママ。(2-24につづく)

Idaṃ me puññaṃ nibbānassa paccayo hotu。 

★誤字脱字を発見された方は、<菩提樹文庫>まで。

ご協力、よろしくお願いいたします。

<「掌中の葉」(シッダッタ学院)中国語版→日本語訳出

翻訳文責 Pañña-adhika Sayalay>